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ヤベ~じゃん!言葉は生きてんだよ! [健全な批判精神]

ヤベ~じゃん!
言葉は生きてんだよ!

ホントにヤバイんですよ!
僕は日本から遠く離れて暮らしている事が多いんですよ。
だから、半分、浦島太郎になってしまっているんですよ!
うへへへへ。。。。

ところで、このヤベ~じゃん!の使い方ですよね。
前にも書いた事ですが、
もう一度書きます。

昨日、テレビを見ていたら「ヤバい」という言葉が
世代によって正反対の意味で使われていると言っていました。

私はオジサンですから「ヤバい」という言葉は当然、
まずいことが起こった時に使います。

ところが、今の10代は半分以上、20代でも半分近くの人が
“すごい”とか“すごくいい”という意味で使っているらしいのです。

確かに最近、高校生が
何でも「ヤバい」と言っているのが気になってはいたんですが…

私は言葉は時代とともに変っていくものと思っているので
「まあ、しょうがないか」と思っていますが、
同じ言葉を違う意味で使う世代が混在している時期は混乱しますね。

ヤベーじゃん。
オレのブログ読んだ若い連中は「コイツ言葉の使い方、
変じゃん」と思ってるかも。(^_^;)

『ヤベーッ!』より

これを引用するきっかけになったのは、じゅぁきさんからもらったコメントです。
9月24日にフルーツブログで書いた記事(『まったり?知ってますよね』)に
メンバーのじゅぁきさんから次のようなコメントをもらいました。



日本語の変化はJ-POPの影響もあるかもしれません。
歌詞の中に造語を入れてHITした場合は、
それが新しい言葉として認められるケース、
逆に一部の若者が使っていた言葉を歌詞に入れて認められたケースなど。

それだけでなく、普通にNHKで
造語や新語をいっちゃう人を使ってる場合もあって、
知れ渡る場合とか(笑)。

あと一番困るのは、おじさん以上の世代に伝わるのが遅くて、
若者は同じ言葉でも違う意味で使う場合があります。
具体的な例が浮かばなくてすみません・・・。

そういった言葉を使うときは注意しないと、
陰で笑われているんですよね^^;;。

> 20年前、30年前は今から比べると、
> 言葉の乱れはあってないようなものでしたね。(苦笑)
  (by デンマン)


昨今では元の意味すら知らず、響きで使われる場合がほとんどです。
だからことわざを間違って使ってしまうなど、
私の知ってる意味とは別だったりして会話がかみ合わない^^;;。

ところが、その本来の意味ではなく、
間違った意味が80%くらいの人がつかってるなどビックリしたときもあります(笑)。
こうなると少数派な私は間違いなわけです^^;;。

言葉の乱れはいつの世も言われますが、
考えてみれば、それだけ日本語は優れているような気もします。
外来語も受け入れ、変化に富、新語が平気でできても受け入れられる。

ようは見方の問題なのかもしれません(笑)。

by じゅぁき ◆ starclew at 2006/09/25 16:27

『まったり?知ってますよね。(2006/09/24 Sun)』のコメント欄より

そうですよね。
考えさせられるコメントでした。
僕は次のような返信を書きました。



じゅぁきさんは言葉にかなりこだわっているようですね。
国文科専攻でしたか?(笑)
そう言えば、かつて歴史の事でコメントのやり取りをした時にも、
言葉の問題でかなり突っ込んできた事がありましたよね。(苦笑)

その時も次のようなことを確か言っていたはずですよね。(笑)

> その本来の意味ではなく、間違った意味が80%くらいの人が
> つかってるなどビックリしたときもあります(笑)。
> こうなると少数派な私は間違いなわけです^^;;。
by じゅぁき


確かにそういうことってありますよ。
じゅぁきさんが以前に持ち出した例を改めて考えてみるのも面白いかも知れませんよね。

言葉は生き物ですからね。
我々人間が話す道具ですから,時代とともに変わってゆくのは当たり前かも知れませんよね。
日本語にはカタカナがある。これはすばらしいですよね。
外来語を発音のままにどんどん取り入れてしまいますからね。

中国語はこの点ちょっと違いますよね。
発音をそのまま漢字で表すよりも、意味を当てはめて漢字表記にする事が圧倒的に多いですよね。
たとえば“電影”---電気の影像で映画。
日本語の映画は“映された画像”ということなんでしょうね。
発音をカタカナ表記してムービーも使われますよね。

コカコーラは中国語では表意文字を当てる事ができなかったらしく
発音を真似て「可口可樂」。
ペプシコーラも中国語では発音を真似て「百事可樂」。



でも、無理に意味を当てれば
コカコーラの方は“口にすべし、楽しむべし”
ペプシコーラの方は“(ペプシを飲んで)百事を楽しむべし”
。。。となるようです。

いつもの事ながら、コメントありがとう。
また、このことで記事が書けそうです。
例によって、じゅぁきさんのコメント使わせてもらいますね。
じゃあね。



by バークレー (デンマン) ◆ barclay at 2006/09/25 20:10

『まったり?知ってますよね。(2006/09/24 Sun)』のコメント欄より

ところで、じゅぁきさんが言っていた次の箇所が気になりました。



あと一番困るのは、おじさん以上の世代に伝わるのが遅くて、
若者は同じ言葉でも違う意味で使う場合があります。
具体的な例が浮かばなくてすみません・・・。

そういった言葉を使うときは注意しないと、
陰で笑われているんですよね^^;;。”

僕も実はおじさん世代ですからね。。。
うししししっし。。。
しかも、外国暮らしが人生の半分を越えている!
まさに、浦島太郎の風格がありますよ!
だから、僕はけっこう笑われているだろうなあああ~~、と思っているのです。
じゅぁきさんが笑っているのをなんとなく感じることもありますよ。
うひひひひひ。。。。

。。。というわけで調べてみました。
次のような記事に出会いました。
短いのでほぼ全文を引用します。
こうして引用したのがトップで書いた「ヤバい」という言葉の正反対の使い方でした。

さらに国際化が進んでいるために日本語を海外で使って
大変な間違いをしでかしてしまったという次のような話を紹介しました。

僕の友達がタイのバンコクへ行きました。
そこである女性に一目惚れをしたんですよね。
勇気を出して声をかけ食事に誘い、
いいムードになり、口説き始めたんですよ。

ところが現地語でキレイだね、と言いたいのだけれど、ど忘れしてしまった。
どうしてもでて来ない。
仕方ないから日本語で言った。
感情を込めて言えば、意味が伝わると思ったらしい。

「キレイだね」

彼女を見つめて、そう言ったんですよ。
でもね、どうしたわけか、その女性は怒って帰ってしまったそうですよ。

どうしてだと思いますか?

タイ語では「キレイ」は「ブス」を意味するらしいですよ。
うへへへへ。。。。

全く逆の意味になってしまうなんて、危険でしょう?
絶対にヤバイですよねぇ。



じゅぁきさんは言葉にかなりこだわっているようですね。
国文科専攻でしたか?(笑)
そう言えば、かつて歴史の事でコメントのやり取りをした時にも、
言葉の問題でかなり突っ込んできた事がありましたよね。(苦笑)

その時も次のようなことを確か言っていたはずですよね。(笑)

> その本来の意味ではなく、間違った意味が80%くらいの人が
> つかってるなどビックリしたときもあります(笑)。
> こうなると少数派な私は間違いなわけです^^;;。
by じゅぁき


確かにそういうことってありますよ。
じゅぁきさんが以前に持ち出した例を改めて考えてみるのも面白いかも知れませんよね。

実は、今日の記事を書くのは、
この“じゅぁきさんが以前に持ち出した例”を改めて考えてみたかったからです。
その例とは一体どういうものなのか?
長くなりますが引用します。



1.ことわざや古語の誤解
“情けは人のためならず”


まずは今に伝わる言葉を現代で捻じ曲げてしまったケースです。
一番有名なのは情けは人のためにあらずでしょうか?
情けをかけるのはよくないという誤解ですね。
これは古典をやってる人からさんざん間違いと指摘し、
TVでも多く取り上げていましたので知ってる人も多いでしょう。

本当の意味は
人に情けをかけていれば、めぐりめぐって自分に返る
という意味で、自分に厳しく、他人に情けをかけましょうことです。
今さらなのですが、もし誤解してる人がいたらちゃんと正しい意味を知っておきましょう。

実はそれと同じ事で和を持って貴しとなすも非常に誤解されています。
聖徳太子の17条の憲法の全体が見えてないから間違えて使われてしまいます。
そもそも悪いこと悪いといわずに和を持って貴しとなすはないでしょう。

これのお話で、昔読んだ本でこんな事例がありました。

とある小学校の先生が
「宿題を忘れたらどういった罰がいいのか話し合いで決めなさい」
と生徒達に言った。

そこで話し合いによって決まった内容が、
忘れたらみんなの前で裸になるという事になった。
で、数日後に一人の女の子が宿題を忘れて泣きながら裸になった。

先生として釈然としないながらも、話し合いで決めたことだし・・・。


この事例に対して、本の著者は痛切に批判。
何故なら、この先生は基本的人権を無視してると書いてました。
和を持って貴しとなすは間違いではないが、そこには前提がある。
当たり前すぎて忘れてしまった基本的人権、罪の意識が抜けているわけである。

これと同じで、何でも和を持って貴しとなすわけではなく、
そこには前提があるわけです。
聖徳太子だってその事に直接は触れてなくても17条憲法を読めば、
基本的人権や罪の意識が大事な事はわかります。
こんな当たり前の事がいつのまにか抜けて、
話し合いで決めたことは何でも正しいというのはおかしいのです。

最近の日本人は前提や当たり前すぎる事が抜け落ちてる場合が目立ちます。
まぁ、それはあえて書きませんが、
特に和を持って貴しとなすの場合は確実に抜けています。
よって、誤解されてる故に現状が嘆かわしい状況を抜け出せない・・・。
これはバークレー(デンマン)さんの意見と全く一緒です。

2.触らぬ神とは?
“触らぬ神に祟りなし”


これも1.と非常に似ているのですが、ちょっとだけ違うのは”神”というものです。
なんで触らぬ神に祟りなしかといえば、神の教えに逆らって逆鱗に触れてはならない。
ちょっとバークレー(デンマン)さんと違う見解ですが、
確かそういった意味だったと私は記憶してます。
でも、最後は一緒なんですが(笑)。

では神とか祟りとかって?
そもそも教えって?

これは宗教観なので完全に一致した見解は見出せないですが、
それぞれに当てはめて考えてください。
まず、日本の本来の宗教は仏教ではありません。
ましてやアイヌでもないのですが、古代宗教はヤオロズノカミガミ、
つまり八百の神々といわれていました。
いい神様、悪い神様、どちらも存在していました。

そして、いい神様のいう事を聞き、
悪い神様に憑かれないようにしましょうというのが教えです。
では、いい神様は何を言っていたか?
現代風に言えば道徳です。
その道徳心を養い、人に説き、未来永劫の幸せを手に入れましょう。

ところが、やんちゃな人間はいつでもいるもので、
わざわざ悪い神に話しかけて取り付かれて祟れる。
だから、興味本位で悪いことはしていけないというのが触らぬ神に祟りなしという事です。

ところが、現代では?
簡単に言ってしまえば、正しい事を正しいというのはいい神様の教えなんです。
でも、それにもそっぽ向いてます。
都合の悪いこと、自分とのかかわりを持ちたくない場合に使われてしまっています。
これは大きな違いです。

つまり、他人に余計なおせっかいをしないとか、
個人の問題として面倒で嫌な事から逃げてる事を都合よく解釈し、
触らぬ神に祟りなしと言ってしまっているのです。
これはまた書きますが間違いです。

『何故、日本人は政治意識が薄れたか?(2006年7月20日木曜日)』より

これまで書いた事を読み返しながら、
日本語が乱れていると言うよりも
僕は改めて“日本がヤベ~じゃん!”という感じを持つんですよ。

つまり、言葉が乱れているんじゃなくて、日本が乱れているのではないか?
だから、日本語までが乱れているのではないか?

どうして。。。?

今夜のテレビニュースを見てくださいよ!
悲惨な事件が今夜も報道されますよ!
他の先進諸国と比べて、日本には悲惨な事件が多すぎますよ!
親殺し。
息子殺し!
娘殺し!
子供の虐待!
幼児殺し
。。。。

誰が、こんな日本にしてしまったのかああああ?

心のねじまがった政治家ですよね!
年金をごまかすような心のねじまがった政治家ですよ!

そして、その政治家に、
いまだに政治をやらせておく日本国民の政治意識の低さですよ!

仲良くするのは、確かに良いことですよ!
僕も、その事を認めますよ!

しかし、年金をごまかした政治家と仲良くして一体何になるんですか?
馬鹿馬鹿しい!
“仲良くしましょうね”と言った聖徳太子が聞いたって馬鹿馬鹿しいと思うでしょうね!?

仲良くするのは良いけれど、
健全な批判精神を忘れてしまうと、現在の日本のように
良い政治家が生まれてこないんですよね!

駄目な政治家が最も悪い!
でも、命をかけて批判しない我々日本国民の怠慢でもあるんですよね!

どうすればよいのか?

2006年7月15日に、フルーツブログで書いた記事(『国が必要だと思いますか?』)にgeokunがコメントを書いてくれました。
とてもうれしい事を書いてくれたので、また、ここで紹介します。
 



久しぶりに、面白いブログに出会いました!
読みでがありそうなので、ゆっくり読ませてもらいます!

紹介していたアモスさんの記事
“Justifiable Genocide?
 (ある民族を絶滅させることを正当化することができるだろうか?)”
も面白かったです。

今回の記事で私が、気になった点は、

> かつて、日本は経済大国になった国です。
> 今度は、福祉大国、幸福大国を目指すべきですよね?
> あなたも、そう思いませんかぁ~~?
(by デンマン)


ってところですが、経済大国になれたのは、
アメリカの加護と策略によってなしえた事だと思ってます。
もちろん、なれたこと自体も凄い事かもしれませんが、
アメリカが日本を資金調達国にしたかったのが一番かと!?

そして、福祉大国、幸福大国になるためには、今の日本の政治家では無理でしょう! 
今までの政治家の中で、この人の政権がもっと長く続いていたら、
日本ももっと変わっていたかも。。。。。と思える政治家は、田中角栄くらいですね!

日本の教育システムも戦後、堕落の一途をたどり、
現在の人心荒廃の元凶となっている。

本当、バークレー(デンマン)さんが言うように(まだ記事は2,3しか読んでませんが^^;)
一人一人の意識変革から始めないと、
この国の未来は最悪のものとなるでしょう!


by geokun at 2006/07/16 15:53

『国が必要だと思いますか?』のコメント欄より



geokunも僕に賛同してくれましたが、
一人一人の意識変革から始めないと、
この国の未来は最悪のものとなるでしょう!

この意識革命とは何か?

日本人一人一人の政治意識を高めることですよね。
現実を見てください!
日本国民の政治意識が低いから日本が病んでいる!

海外から見れば一目瞭然ですよ!

国民の政治意識が高いとはどういうことか?

例えば、アメリカで年金をごまかす政治家が出たとします。
すると、カリフォルニア州民がリコールしてアーニーちゃんの前の
“悪徳州知事”を辞めさせてしまったように、
民衆の怒りや不満がリコール運動になって、
年金をごまかした政治家をリコールします。
つまり、辞めさせてしまう!

ところが、日本では、このような運動にならない!
政治意識がないからです。
無いと言って御幣(ごへい)があるなら、政治意識が極めて低いからです。

“仲良くしましょう”
“触らぬ神にタタリ無し”
“見て見ぬ振りをする”
“長いものには巻かれろ”
“出る杭は打たれる”

つまり、“事なかれ主義”なんですよね。

だから、年金をごまかした悪徳政治家が、
いまだに国会議事堂の中をウロウロしている。
年金をごまかす政治家も悪い!
しかし、ごまかした政治家をそのままにしておく日本国民も悪い!
要するに、日本国民の政治意識が極めて低いという事ですよね?!

大統領といえども、あくどい事をすれば引き摺り下ろされてしまうのがアメリカですよ。
ニクソン大統領は、引き摺り下ろされそうになったので、自分から辞めてしまった!
つまり、アメリカ人の政治意識がニクソン大統領を辞めさせたわけですよね。

ところが、その政治意識が日本国民にはほとんど無い!
だから、日本国民を甘く見て、年金をごまかした政治家が、
いまだにノウノウとしている!

フランス革命によって欧米の近代市民が生まれた!

国を自分のものと考えて好き勝手なことをやっていた王様の首をちょん切る
王様と一緒に勝手で身勝手なことをやっていた貴族の首をちょん切る!
当時、年金をごまかした政治家がフランスに居たら、
首をちょん切られてしまったわけですよね。
そうやって近代市民が誕生したんですよ。

分かるでしょう?
そうやって、社会的自我に目覚めた近代市民が誕生したんですよ!
世界のネット市民はその近代市民の心の遺産を引き継いでいるのです。

World Wide Web はスイス、ジュネーヴの欧州共同原子核研究機関 (CERN)
の顧問ソフトウェアエンジニアだったTimothy Berners-Lee によって生み出され
そのソースコードが1991年にネット上で公開されて、ウェブが爆発的に広がったのだけれども、
このネットでウェブを使うネット市民も近代市民として自覚すべきだと僕は思いますね。

つまり、近代市民とは?
世界のネット市民とは何か?

確固とした社会的自我を持つことですよね!
しっかりとした自分の意見を持って、間違ったことに対しては、
しっかりと批判することですよ!
それこそが近代市民の条件ですよ!

ニクソン大統領を退陣させたのは
健全な批判精神がアメリカのメディアに根付いていたからですよ!
だからこそ、ワシントンポスト紙のボブ・ウッドワード記者が
ウォーターゲート事件という暴露記事を書けた。

日本だったら、
“仲良くしましょう”
“触らぬ神にタタリ無し”
“見て見ぬ振りをする”
“長いものには巻かれろ”
“出る杭は打たれる”

つまり、“事なかれ主義”があったから、もみ消されてしまったかもしれませんよね!?

しかし、メディアもアメリカ国民も健全な批判精神を持っていた!
だから、前の“悪徳カリフォルニア州知事”はリコールで辞めさせられた。
ニクソン大統領も辞めなければならなかった。

ところが、日本では年金をごまかした政治家の多くが、
いまだに国会議事堂の中をうろついている!

健全な批判精神が日本には根付いていないからですよ!
“批判”すると、日本では“誹謗中傷”と受け止められてしまう。

そんなことを言わないで、“仲良くしましょうね”と言われてしまう!

丸め込まれて“事なかれ主義”で表面的には仲良くやっている。
しかし、日本国民の大多数は不満タラタラですよ!
あなただってそうでしょう?
ストレスがたまっているでしょう?
うへへへへ。。。。

僕は草の根運動、草の根政治(grassroots net politics)を信じています。
日本を良くしようと叫んだところで、すぐに良くなるわけがない!
どうすればよいのか?

ブログで記事を書くことによって、こうしてお互いの政治意識を高める。
そうすれば、僕とこの記事を読んでいるあなたの
少なくとも二人の日本人の政治意識が昨日よりも高まる。
そのように期待しながらやっています。

じゅぁきさんが言ってました。

でも、でも、もっと根底に基本的なものとして、
人は自分が大切だからこそ、
他人をむやみやたらに
傷つけてはいけないという精神だと思うんです。

じゅぁきさんが書いていたように、このような精神も確かに大切です。
しかし、もっと大切なのが健全な批判精神だと思います。

なぜか?

“批判のないところに進歩なし!”

僕はこの格言を素直に信じています。
その通りだと思っています。

だからヤバイ日本語を使っている人が居たら
批判する事は大切ですよね。

僕が引用したようなじゅぁきさんの記事を書くことも
だから大切なことです。

“愛なき批判は空虚にして、
 批判なき愛は盲目なり”

これも僕の座右の銘にしています。
そう言う訳で
寅さんのように優しい批判を心がけています。うへへへへ。。。

一人でも多くの人が“社会的自我”に目覚め
しっかりとした意見を持って、
駄目な政治家に対して、
病んでいる日本の政治に対して
断固として批判する!
その気構えを持つことが必要だと僕は信じているのですよ!

そうでない限り、日本の将来はお先真っ暗ですよね。
あなたも、そう思いませんか?

では。。。

これまでに
じゅぁきさんの
コメントを
使って書いた記事
(フルーツブログで
“じゅぁき”と入れて
検索した結果)

■ ん?まったり愛する?(2006/09/26 Tue 14:18)

■ まったり?知ってますよね。(2006/09/24 Sun 15:41)

■ お願い、いつまでも愛して(2006/07/24 Mon 07:32)

■ ん?良識って何?(2006/07/23 Sun 11:39)

■ 政治意識が薄い事は悪いのか?(2006/07/21 Fri 12:15)

■ ん?前向きなコメント?(2006/07/19 Wed 18:13)

■ 親愛なる愚かなマクベス君(2006/07/17 Mon 14:20)

■ 国が必要だと思いますか?(2006/07/15 Sat 16:16)

■ 母なる言葉を奪われたアイヌ人(2006/06/27 Tue 11:07)

■ 平和を愛し仲良く暮らしていた古代日本人(2006/06/25 Sun 10:52)

■ 万物に神が宿ると信じ、平和に感謝して生きる民族。(2006/06/21 Wed 15:09)

■ 戦争を無くす事はできますよね。(2006/06/15 Thu 12:58)

■ 2ちゃんねるで“生まれ育った”偽善者(2006/05/24 Wed 13:24)

■ 日本も、また戦争をやるのでしょうか?(2006/05/20 Sat 14:06)

■ 日本にも戦争をやりたい政治家が居るの?(2006/05/18 Thu 12:38)

あたちはデンマンさんに飼ってもらっている
ボヴァリーたんです。
これからも、どぞよろちく。
あたちの事は次のリンクをクリックすると
おもちろい事がたくさん
書いてありまちゅよ。
『リヴリーのボヴァリーちゃんのお部屋はこちらです。
どうぞご自由にお入りくださいね。』

ぜひ見てくだちゃいね。
では、またお目にかかれる日をたのちみにちていまちゅ。
うちちちちち。。。。
じゃあ、今日も一日たのちく愉快に
ネットサーフィンちまちょうね。
バイバ~♪~イ。


ジューンさんと長野県のナッチー君 [健全な批判精神]

ジューンさんと長野県のナッチー君


デンマンさん。。。、私と長野県のナッチーさんとどういう関係があるのですか?

密接な関係があるのですよ。

密接な関係ですかぁ~。。。?でも。。。、でも、私はまだナッチーさんにお目にかかったこともないのですよ。

ナッチー君はジューンさんが、お目にかかるというほどの人物ではありませんよ。

デンマンさん! そのように他人を侮辱する事を言ってはいけないと思いますわ。

いや、僕は別にナッチー君を軽蔑しているわけではないんですよ。

でも、尊敬しているわけでもないでしょう?

もちろんですよ。アホくさい!。。。尊敬できませんよ。尊敬できるはずがないじゃないですか?

どうしてですの?

ナッチー君は一口で言えば、妄想家ですよ。妄想をネットの掲示板やフォーラムに書きまくっている。

でも、デンマンさんは、こうしてナッチーさんのことを取り上げて記事を書いているではないですか?

尊敬して書いているわけではないですよ。

だから、侮辱しながら書いているのでしょう?

違いますよゥ。。。やだなああああ~。。。僕は、ジューンさんも知っていると思うけれど、人間嫌いじゃないですよ。

分かっていますわ。

たとえナッチー君が妄想家だとしても、それだけで死刑にする事はできませんからね。うへへへへ。。。

デンマンさん。。。デンマンさんはマジですの?

もちろんですよ。僕はふざけているのではありませんよ。忙しいのですからね、ナッチー君の事を書いてふざけている時間はありませんよ。

分かりましたわ。それならば、どうして私とナッチーさんが密接な関係があるのか?ちゃんと説明していただけませんか?

もちろんですよ。僕がふざけているのではない事をここで根拠をあげて説明しますよ。

早く、おっしゃってくださいな。

ジューンさん。。。、やだなあああ。。。それ程せかなくても、話しますよ。はっきりとした証拠がGOOGLEにありますよゥ~。

GOOGLEって、検索エンジンの事ですかァ~?

そうですよ。次のリンクをクリックしてみれば分かりますよ。

『“長野県のナッチー”を入れてGOOGLEで検索した結果』

この検索結果がどうだとおっしゃるのですか?

9月30日の午前6時現在で932件引っかかりましたよ。そのうちの48件が表示されています。このトップに現れたのが『ジューンさんの掲示板』なんですよ。。。どうですか?動かぬ証拠でしょう?932件中のトップにジューンさんの掲示板が現れる。つまり、長野県のナッチー君を入れて検索するとジューンさんがトップに現れるのですよ。

でも、だからと言って私とナッチーさんが密接な関係だと言うのはちょっと。。。

もちろん、僕はジューンさんとナッチー君が肉体関係にある、と言おうとしているのではないですよ。うへへへへ。。。。

デンマンさんは本当にマジですの?

マジですよ。僕はふざけているのではありませんよ。本当にマジですよ。

だったらどうして、私とナッチーさんを結び付けようとするのですか?

僕は、別に結び付けようとしているわけではないですよ。

だったらどうして。。。?

ジューンさんが常々、最近の日本の若者はコミュニケーションができないのではないか?。。。と言っていたでしょう。

そうですわ。私は気になっていたのですわ。

だから、ナッチー君がその良い例だと思ってこの記事で取り上げたわけですよ。実は僕もその事については気になっていたんですよ。実際、去年の11月20日に僕は次の記事を書いたんですよ。
『批判にまともに答える事が出来ない日本人』

最近の日本人は批判に対して受け答えることができなくなっているのですか?

もちろん全部とは言いませんよ。でもね、特に若い人に批判の仕方を知らない人が多い。

どうしてですか?

日本にはね、 “批判” と “誹謗・中傷” を同じものと考えている人が実に多い。だから、批判する事は悪い事だと思っている人も居る。日本では、“仲良くやりましょう”、と言う事がよく言われる。少なくとも僕が子供の頃はそうだったんですよ。ジューンさんは聖徳太子を知っているでしょう?

ええ、一応、日本史の初歩として聖徳太子の事を勉強しましたわ。

その聖徳太子が17条の憲法の最初の第1条で“和の精神”を書いている。つまり、ガタガタ文句を言わずに、みんなで仲良くやりましょうね、と言っているんですよ。

当たり前の事でしょう?

でもね、日本では“批判のないところに進歩なし!”と言う教えがない!批判する事は悪口を言う事だ、と思っている人が圧倒的に多い。だから、それは仲良くすることに反するから批判してはいけないのだ!。。。と思っている人がたくさん居る。

そうなのですか?

実際に、そうなんですよ。僕が、これまでの4年間に日本のサイトで投稿を交換した経験からも、その事が言えますよ。

でも、批判する事は悪口を言うことではないでしょう?

その通りですよ。 “誹謗・中傷” というのが根拠のない悪口です。でたらめや雑言を言って相手の名誉を傷つけたりする事です。それに対して、“批判” と言うのは根拠に基づいて物事の良い悪いなどについて、論理的に検討して判断し評価することなんですよね。批判のないところに進歩はないんですよ。つまり、お互いに批判しあって、良いところを吸収して人間的に社会的に前進するわけですよね。ジューンさんだって、そう思うでしょう?

そうですわ。だから、ブログや掲示板でコメントを付け合って、お互いの考え方を批判し合って、人間的にも、社会的にも成長してゆく。世界中の人とそうやって交流を深めてゆけば、世界から戦争が無くなるかも知れませんよね。

そうですよ。だから、批判し合うことはネット社会といわず、世界の平和と発展のためにも欠かせない事ですよ。そういうわけで僕は上で紹介した記事の中でスマット君に次のように書いたんですよ。



スマットさん、
日本のネットは世界のネットの一部だと言う事を忘れないでくださいね。
日本のネットは世界に開かれているのですよ。
つまり、ボーダレスです。
グローバル化です。
だから、僕もあなたも世界のネチケットに忠実であるべきでしょうね?

日本のマナーは世界に通用しませんよ。
すでに言ったようにボーダレスです。
世界のネットで僕もあなたもやっている事をぜひ忘れないでくださいね。
僕は、今、これをカナダのバンクーバーで書いているんですよ。

旧ソ連が崩壊したのはなぜだと思いますか?
ネットが縁の下の力持ちとして活躍したんですよ。

僕やあなたのような世界のネット市民が
西側の健全な情報を情報鎖国を敷いていた旧ソ連に流していたんですよ。
良識ある旧ソ連の市民と活動家は、
このような西側からのサポートを得て立ち上がったわけですよね。
分かるでしょう?
世界のネット市民には“知る権利”があります!
この知る権利を持つ世界のネット市民の基本的人権が“言論の自由・表現の自由”です。



だからね、スマットさん、“馬鹿の一つ覚え”みたいに、
九官鳥でもあるまいし、“著作権”を並べ立ててわめかないでくださいね。
世界の市民の厚生福祉のためには著作権も制限を受ける場合もあるのです!
あなたの書いた文章は、すでに述べたように法的には著作物に値しないものです。
だから、コピーしたとて、法的にはなんら問題になりません!

つまり、日本だとか、欧米だとかにこだわらず、世界のネットにこだわりましょう。
世界のネット市民の基本的人権にこだわりましょうね。
世界のネチケットにしたがって世界のネットのマナーに従うべきですよ。

僕の住民票は日本のふるさとの市役所にありますが、
現在僕が居るのはバンクーバーです。

僕はもう人生の半分以上を海外で暮らしています。
僕の掲示板にカキコしているジューンさんもシャロンさんも日本語がペラペラで、
その上日本語で記事を書くことができます。
日本に居るたくさんの外国人も日本のサイトで記事を書いています。

WABLOGの僕のブログには日本に留学している韓国のヨンジュさん、
イランから留学しているRezaさんからコメントが寄せられていますよ。
フルーツブログではニュージーランドのNanaさんから、
僕の掲示板にはオーストラリアのアミサさん、ベトナムからユンさん。
つまり、ネットの世界は、実際、ボーダレスになっているんですよ。

だから日本のマナーは通用しませんよ。
世界のマナーに従いませんか?

by デンマン

『批判にまともに答える事が出来ない日本人』より

そうしたらスマット君から次のような返信が返ってきたんですよ。

>僕の掲示板にカキコしているジューンさんもシャロンさんも(以下略)



それって「レンゲ」さんみたいにあなたの作った想像上のキャラなのでは?

ハーグってどこの国か知らないけれど、
あなたの利用規約ではそこの国の法律で判断するんですよね?
そこの国の法律では著作権の取り扱いはどうなっていますか?

by スマット (smz)

『批判にまともに答える事が出来ない日本人』より

どうですか、ジューンさん?。。。スマット君はジューンさんが僕のオツムの中だけに住んでいると信じているんですよ。ジューンさんが現実の世界で生活していると言う事が理解できないんですよ。

でも、それは無理もありませんわ。

どうしてですか?

スマットさんは海外生活経験が全くないんでしょう?

全くありませんよ。本人が認めていることですよ。“ハーグってどこの国?”とスマット君は恥ずかしげもなくネットで書いてしまうくらいだから、あまり教養もないんですよ。海外の出来事に関心があって、国際感覚を身につけようとしている人であれば、ハーグが国の名前ではなく、都市の名前である事ぐらい常識なんですよ。

確かに、私もハーグが国だと思っている人にこれまでお目にかかったことがありませんわ。

そうでしょう?僕のように海外を30ヶ国近く歩いていれば、スマット君にも勝るとも劣らないような日本語を話したり書いたりする外人が居ることを目にしているものなんですよ。でも、スマット君には、こうして僕と対話しているジューンさんが実在の人物だとは信じることができないんですよ。つまり、スマット君は、自分が教養も無く見識も狭い『井の中の蛙』である事を、自分で認めているようなものなんですよ。

でも、デンマンさん、海外で暮らした事が無い人にそのような事を言っても理解できないと思いますわ。日本でも『百聞は一見にしかず』という諺があるでしょう?スマットさんがカナダに来て私やシャロンさんに会えば、すぐに分かる事ですわ。

その通りですよ。シャロンさんとジューンさんに会ったら、スマット君は自分が恥ずかしくなるはずですよ。要するに、スマット君の人間関係が他の人に比べて、極めて狭いという事を自分で言っているのだから。。。ジューンさんのように日本語をペラペラ話し、スマット君よりも上手な日本語の文章を書く外国人が日本にも居ます。僕は実際、日本に住んでいるそのような外人を10人以上知っていますよ。僕は、この驚きを次のように書いたんですよ。

           
しかも、“ハーグってどこの国か知らないけれど”と言っているんですよねぇ~。
(ばっかじゃなかろかああああ!)
ハーグと言うのは国じゃないんですよねぇ~。
(アホかああああ!)

ハーグを知らないのならGOOGLEかYAHOOがあるのだから調べればいいのに、
恥ずかしげも無く、こういう低学年の小学生みたいな事を言っているんですよねぇ~。

スマットさんはコンピューターに向かってですよ、上のコメントを書いたんですよ。
ハーグが分からなかったら、検索エンジンが何百とあるのだから、
ちょっと一息入れて調べればいいじゃないですか!
そう思いませんか?
へへへ。。。

僕は何もスマットさんを馬鹿にするわけじゃないですよ!
へへへ。。。
でも、馬鹿にしたくなるじゃないですかあああ!
小学生でもやるような事をやらないで、
それで馬鹿みたいに“ハーグってどこの国か知らないけれど”と
書いているんですよおおおお!



“ばかあああ~!
 GOOGLEで調べてから書けぇ~!”


これを読んでいるあなただって、
もし、ハーグが都市なのか国なのかよく分からなければ、
GOOGLEかYAHOOかGOOか、。。。
とにかく、どれか一つの検索エンジンを使って調べるでしょう?
コメントを書くように、ちょっとキーボードをたたけば調べる事ができるんですよ。
そうでしょう?

これを読んでいるあなただって、そうするでしょう?
違いますかあああ?
僕の言っている事は非常識な事だと思いますかああああ?

あなたは、ハーグが国の名前じゃなくて、
都市の名前である事を知っているでしょう?
僕は、こんな事は義務教育を終了した日本人なら
誰でも知っていると思っていましたよォ。
ほんとですよ。
冗談で言っているわけではありません!
スマットさんを馬鹿にするつもりでもないですよ。
(何度も言いますけれどねええええ。。。)

でも、これまでに僕の付き合ってきた人で、
ハーグが国だと思って居た人は一人も居ませんでしたよ!
僕がスマットさんのことを“井の中の蛙”と言うのは
そのような理由があるんですよ。
僕は、何もスマットさんを馬鹿にするわけじゃありませんよォ~。

でも、。。。。でもですよおおおお。。。。
どういう人生を送ってきたんでしょうねええええ。。。??
僕は、不思議な生き物を見ているような
妙な気になってきましたよ。まったくううう~

僕は、何度も言うように最低でも20カ国を歩き回ったですからねぇ~、
自慢するわけで言っているんじゃないんですよ!
ただ、井の中の蛙じゃないよおおおお!。。。。と言っているだけです!

だから、もちろんハーグにも行きましたよ。
僕にしてみれば、ハーグは裏庭のような身近なものですよ。

それだけに、“ハーグってどこの国か知らないけれど”なんて言われると、
僕は、“へええええええ。。。。。????? そう言う人も居るんだあああ!”
。。。と言う事になってしまいますよおおおお!

本当に居るもんですねえええ~!
僕は、実にたまげましたよ!

ぶったまげましたよ!



by デンマン

『批判にまともに答える事が出来ない日本人』より 

何度も言うように、僕は決してスマット君を馬鹿にするつもりではありませんよ!
でも、率直に言って、スマット君は世界のネットをやるだけの教養を持っていませんよ!
僕は、実にさまざまな人とこれまで交信したことがあります。

また、実際に、さまざまな国の人とも顔をつき合わせて話した事もあります。
しかし、スマット君のような無神経で常識知らずな人と、
こうして交信するのは極めてまれな事ですよ。
“ハーグってどこの国か知らないけれど”。。。
こういう神経じゃあ、世界のネットをやっていて馬鹿にされても仕方が無いですよ!

ん? 
ハーグってどこの国か知らない?
“ばかあああ~! 
 GOOGLEで調べてから書けぇ~!”

くどいようですが、もう一度言わせてもらいます!

スマット君、僕は遊びでネットをやっているんじゃないんですよ!
僕と今後も交信したければ、せめて“ハーグ”を知らなかったら、
GOOGLEかYAHOOで調べるような手間をかけてくださいね。
これが世界のネチケットですよ!

そうじゃないと、このように僕に、とことんお説教を喰らうわけですよ!

普通の日本人なら、“馬鹿を相手にスンナ!”と言うわけで、
あなたは相手にされませんよ!
でも、僕は典型的な日本人ではありません。
このことはすでに書きました!
だから、スマット君のような無神経で無教養な人であっても、
僕は人間として付き合う事が出来ます。

なぜなら、スマット君のような日本人が最近日本に増えているからなんですよ。
長野県のナッチー君がまさにそのような人物ですよ!
“妄想部屋”に閉じこもって、すっかり“井の中の蛙”になってしまっている。
ナッチー君のような人が、現在、日本に50万人居るんですよ!

あなたは大丈夫?
ん?
無意識で馬鹿やってない?

デンマンさん。。。ちょっと感情的になっていませんか?
 
僕がですか?

そうですわ。私がそばに居る事まで忘れてしまったような。。。

うへへへへ。。。。失礼しました。僕は夢中になると、すぐに上のアンクル・サムの画像を持ち出したくなってしまうんですよ。

それで、長野県のナッチーさんのことを書いているのに、どうしてスマットさんのことを書き始めたのですか?

もちろん、それには訳があるんですよ。次のスマット君の返信を読んでくださいよ。
 



違います。日本は日本、世界は世界です。
日本のネットは世界のネットの一部ではありますが、だからといって
文化まで他国(具体的にどこか知りませんが)に合わせる必要はありません。

日本はあなたが言うように大々的にネット検閲をおこなってはいません。
海外のネットポルノ映像に繋ぐことができるとしても、
それは自主管理にまかされています。
大人はそれでもいいでしょう。しかし子供はダメです。

日本各地には青少年育成条例というものがあります。
子供は年齢相当外のコンテンツ(猥褻物、暴力、
その他もろもろ)を見てはいけないということのほかに、
大人は子供にそういうものを見せてはいけないという条例です。
映画やTV、書籍などにあるレーティングというのがそうです。
なぜなら子供の成長を阻害するからです。

だからdreamblogに限らず日本のブログ運営会社は
法律・条例に照らし合わせて、削除されるようなバークレーさんの記事は、
見せてはいけない義務があったし、
そういう記事を発見すれば削除しないのは違法なのです。

ていうか、「表現の自由」には、「ストリーキング禁止」が含まれていますよ。
(日本では公然猥褻物陳列罪 …略してわいちん)

by スマット (smz) 2005/11/18 11:04

『Re:日本のネットは世界のネットの一部ですよね?』より

僕はスマット君にも理解できるように分かりやすく書いたつもりです。でも、スマット君は、どういうわけか僕の歯車とかみ合っていませんよね。僕が上で書いた事とは、ほとんど関係ない事をスマット君は書いていますよ。ジューンさんは、どう思いますか?

関係ない事を書いているって。。。?

簡単に言えば、こういうことなんですよ。

“きれいな夕焼けだから、明日は晴れそうですねぇ~” 
(僕がこう言ったとします。)

“赤トンボが飛んでいるから、明日は仕事を休みますよ。” 
(スマット君は、このようなトンチンカンな事を言っている。)

ジューンさん、僕が言おうとしている事が分かるでしょう?

つまり、スマットさんはデンマンさんが言おうとしている事におかまいなしに、故意に自分勝手な方向に話しを持ってゆこうとしている。デンマンさんの歯車にかませようとしていない。。。そういうことですか?

そうですよ。僕はコツコツと線路道を作りながら、話を進めていますよ。だから、スマット君も僕が敷いた線路道に乗ってきて欲しいんですよね。ところが、せっかく線路道を敷いてお互いの意見を交換しようとしているのに、スマット君は、とんでもない田んぼのあぜ道の方に歩いて行ってしまうんですよ。これじゃあ、話になりませんよね!

具体的にどの部分ですか?

だから、僕は“海外のネットポルノ”の話など、どこにも書いていませんよ! それなのにスマット君は次のように書いているんですよ。“日本では公然猥褻物陳列罪 …略してわいちん” しかし、僕はポルノの事も公然わいせつ物のことについても、どこにも書いていませんよ!どうして、ハーグの話からネット検閲の話になんの?どうして、ネット検閲から海外のネットポルノになんの?それから、公然猥褻物陳列罪が出てきて、挙句の果てに “わいちん” になって、話が終わっているんですよ!僕は、正直言って馬鹿ばかしいと思いましたよ。

うふふふふ。。。でも、その事と長野県のナッチーさんと、どのような関係があるのですか?

ナッチー君のコメントの書き方が、スマット君が書いたように歯車がかみ合っていないんですよ。んも!~~ Realogの記事にナッチー君から次のようなコメントをもらったんですよ。読めば僕の言おうとしている事が分かると思います。
 



女性は女医になる方が好い。
女性の権利権を守るために、
ミシガン流に大阪市立大学・医学部を歴史ある予防医学だから
通信教育女性コースを設けました。
女医が増えることおしどり夫婦が増える。

by 長野県のナッチー 2006/09/24 16:40

『眠り姫さん、今でも元気にやってますか? PART 1 (2006年9月3日)』のコメント欄より

馬鹿ばかしいとは思いながらも、ナッチー君がせっかくコメントをつけてくれたので僕は次のような返信を書きましたよ。



ナッチー君よ!
ごくろうさん
今度はSO-NETではなく、Realogの記事にコメントを書いてくれたんだね。
ありがとね。

でもよォ~
なんとなく、“てにおは”の使い方が可笑しいのじゃないのかなあああああ~~??

君のコメントは短いのだから、少なくとも2度や3度は読み返したほうがいいぜ。

僕は最低5度は読み返すよ。
それでも誤字脱字があるからねぇ~。
僕は馬鹿なような事を時々書くけれど、これでも真剣な気持ちで書いているんだよ。

ナッチー君、キミも真剣な気持ちになってブログを書いたらどうなの?

もし書いたら知らせてね。
僕がコメントを書いてあげるからね。

ナッチー君はいい年をして人生を無駄にしているような気がしてならないよ。

老婆心ながら一言!
うへへへへ。。。。

とにかくコメント書いてくれてありがとね。
また、君のコメントを元に記事が書けそうだよ。
うしししし。。。。
じゃあね。

気が向いたら、もっとコメントを書いてもいいからね。
でも、君の人生を無駄にしないほうがいいぜ。

じゃあ、あばねぇ~。


by デンマン 2006/09/25 13:59

『眠り姫さん、今でも元気にやってますか? PART 1 (2006年9月3日)』のコメント欄より

ジューンさんはどう思いますか?僕が書いた眠り姫さんの記事とナッチー君が書いてくれたコメントは、かみ合っていないでしょう?はっきり言って、ほとんど関係がないんですよね。

デンマンさんだけが相手になってくれるので、ナッチーさんは、お礼の意味も込めて何かコメントが書きたかったのでしょうね? うふふふふ。。。。

ジューンさんはそう思うのですか?確かにね、ナッチー君は他の掲示板では、馬鹿にされているようで全く相手にされていないんですよ。東京大学工学部の丁友会(ていゆうかい)の掲示板にもキチガイのように投稿を書きまくっているけれど、全く相手にされていないんですよ。それを見ているだけで、僕は涙が出てくるほど可哀想になりましたよ。

それで、デンマンさんはナッチーさんのお相手になってあげているのですか?

いや、僕は、東京大学の掲示板を見る前からナッチー君の相手になってあげてたですよ。

どうしてですの?

けっこう、かわゆいところがあるんですよ。憎めないんですよ。ジューンさんの掲示板にナッチー君は初めてコメントをごっそりと書いたわけなんだけれど、僕がSO-NETの記事を読みにきてくれよ、と書いたら、ちゃんと読みに来てくれてコメントを書いてくれたんだよね。そう言うわけで、僕はこうしてナッチー君の記事を書くようになったんですよ。だから、僕はナッチー君を馬鹿にするために、こうして書いているわけじゃない。半分は感謝の気持ちをこめて書いているわけですよ。

だから、ナッチーさんも、デンマンさんのような感謝の気持ちを込めて上のコメントを書いたと思いますわ。

僕はナッチー君のようにオツムの足りない奴でも相手にしますよ。でも、ナッチー君は、馬鹿なんでしょうね。東京大学の掲示板で誰からも相手にされていないのだから、少しはハンセ~♪~して文章の書き方を変えればいいんですよ。ところが、やっぱり馬鹿なんでしょうね。もちろん、この事は本人も認めているんですよ。

馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿と言われても俺アホだもん。

by 長野県のナッチー (2006-09-01 19:59)

『デンマンさんが私のことをグロリア・スタイナムに似ていると…』のコメント欄より

こうして、わざわざ僕のSO-NETのブログまでやって来て、自分が馬鹿だと認めるコメントを書いてくれたんですよ。でも、相変わらずオツムが足りないところを自分で晒しまくっているんですよね。今度は九州大学の掲示板へ行ってるんですよ。九州大学都市環境工学研究室(旧下水研)の掲示板ですよ。よせばいいのに!

それで九州大学の掲示板では相手にされているのですか?

同じですよ!全く相手にされていませんよ。眠り姫さんの記事に書いたような的外れなコメントを書くからですよ。話題がかみ合っていませんよ。僕はその事を言っているのですよ。最近の日本人が、どういうわけかコミュニケーションができなくなっている。特に若い人がね。。。ジューンさんが指摘していた通りなんですよ。

やはりデンマンさんも気になっていたのですか?

そうでうよ。僕は常々、最近の日本で起こっている悲惨な肉親殺しを見ていてね。。。、家庭崩壊をマザマザと見せ付けられたと思いましたよ。その原因は、コミュニケーションの欠如だと思っているんですよ。まず夫婦の間のコミュニケーションが取れていないのじゃないか?そういう両親を見ているから、子供もコミュニケーションのとり方が分かっていない。そういうわけで、家庭崩壊が深まってゆく。。。

それで肉親殺しですか?

そうですよ。コミュニケーションが家族の間でうまく取れていれば、そのような悲惨な事件は起きませんよ。僕は悲惨な肉親殺しのニュースを聞くにつけ、そのように考えているんですよ。つまり、家庭内でのコミュニケーションがうまく取れていない。だから心が通っていない!そう言う訳で、コミュニケーションのまずさがネットにまで表れてしまう!

そうでしょうか?

この事については、これから折りに触れてジューンさんと考えたいと思っているんですよ。

私はできたら、レンゲさんのように“恋愛”についてデンマンさんと語り合いたいのですけれど。。。

うへへへへ。。。マジで?。。。ところでね、レンゲさんの事を僕が心の恋人だと言ったら、なぜかレンゲさんが焼きもちを焼いてね。。。“ジューンさんはデンマンさんにとって心の妻でしょう?”と言ったんですよ。

デンマンさん、そのようにデレーとして鼻の下を伸ばさないで下さいな。私は一般論として恋愛を語りたいだけですから。。。

ああ、そうですか。。。とにかくその時を楽しみにしていますよ。

【ここだけの話ですけれどね。。。、レンゲさんと対話形式で記事を書き始める前に、実は僕はジューンさんと長いこと対話形式で記事を書いていたんですよ。もう3年以上前になりますよ。その記事はinfoseekで現在閲覧禁止になっているんですよ。そのうちジューンさんとブログで再開したいと思っています。じゃあね。】

ィ~ハァ~♪~!



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■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

おほほほほほ。。。。
また、出てまいりましたわぁ。
ネットには面白い人が居るものでござ~~ますわね。
やっぱし、長生きをするものでござ~♪~ますわよ。
まさか、平成時代になって、
これほどの愚か者を目にするとは
思いませんでしたわああああ~~~。
うふふふふふ。。。
ヴァイアグラのお馬鹿さんも、
かなりのキの字でしたけれど
長野県のナッチー君も
オツムのネジがだいぶ緩んでいますよね。
おほほほほほ。。。。
ほんとうに一生懸命になって、
妄想を書きまくっているんですものね。
だから、どの掲示板でも相手にされていないんですわよね。
ただ例外がありますわ。
うふふふふ。。。。
そうですわよ。
デンマンさんだけが、このオツムの足りない
ナッチー君のお相手をしているんですのよ。
。。。つうことわああああ。。。。
デンマンさんも。。。オツムが。。。
足りないのかしらあああ???
おほほほほ。。。。
いづれにしても、
日本の良さをお忘れなく!
そういうわけで、あたくしがマスコットギャルをやっている
『新しい古代日本史』をぜひ読んでくださいましね。
絶対に読んでね。
ダメよ、見なかったら。。。めっ。。。
うふふふふふ。。。。
失礼いたしましたああああああ。。。
では、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。




ん?批判できる? [健全な批判精神]

批判できない日本人?
 

あなたは批判ができる?
ん? 批判するのは、
いけない事だと思ってるの?
違うよ!
誹謗中傷することが、いけないことなんだよ!
どんどん批判すべきなんだよね!
ん?どうしてかって?



批判のないところに進歩なし!

実は、8月14日にRealogのブログで書いた僕の記事(『アダルト産業の罪? PART 1』)に批判の仕方を知らない愚か者からコメントをもらったんですよ。
まず、そのアホがコメントを書いた記事のあらましについてちょっと説明しますね。

「監禁」が異常でないと思わせる
アダルト産業の罪は重いか?!

最近起こっている「監禁」だとか「ストカー」だとか。。。
そういう事件につして、ある犯罪心理学者は次のように言っているんですよね。

「最近、監禁や飼育をテーマにしたアダルトビデオがあふれており、
監禁が異常な事ではないと思うようになったのではないか」

アメリカで高校生によるスクールヤード・シューティング(校庭銃乱射事件)が
続けて起こった時にも、
何が原因なのか論議が巻き起こり、
暴力的なゲームや映画が悪いといった意見も多かったのですよね。
それがすべてではないにしても、関係がないとはとても言えないでしょう。

あなただって、アダルト産業と「監禁」事件が増えている事が全く無関係だとは思わないでしょう?

そういうわけで、僕もこの“アダルト産業”とネットとの関係を調べたわけです。
そして次のように書いたのです。

真美(まみ)と名乗って、
いかがわしいエロい、
ポルノチックな宣伝文句を
書き並べて迷惑スパム行為を
繰り返している愚か者が居るんですよね。
んも~~。。。
真美はアダルト産業の
愚かな手先ですよ~~

アダルト産業というのは絶対になくならない産業ですよね。
売春・買春が無くならないのと同じです。
俗話によると“娼婦は最も古い女性の職業”と言う事になっていますよね。
つまり、この種の“仕事”は古代から現在に至るまで綿綿(めんめん)と形を変えて存在してきたのです。

ネットではどうか?


真美のような善悪の区別がつかない、
“良序公俗”とか“社会的良識”が全く欠如した
低脳で下劣で愚かな人間が
ネチケットを無視し
ネットを悪用して
“サクラがいっぱいの出会い系サイト”と
いかがわしい“無料パーティー”を広めています!

この愚かな真美がどのような下らないことを書いているかという事を次にお目にかけますね。

★まみ

ハプニングパーティーの続きです♪
覚えてくれてると思いますけど…
その後のもう熱気がとにかく凄かったんです!

彼が女の子のあそこを舐めている横で、
くりちゃんとかさわられたり
すごあれを押しつけられていると…
あぁ…もう、いいよ…入れて…☆ って
気持ちになっちゃうんですよね~
そんな「どうでもいいよぉ」な気分のまま、
そっちの世界に
いっちゃおうかな~♪なんて(笑)

その後は!?うぅ~、
実は自分でも覚えていないんですよね…
でも今週末に開催予定のが
まだ募集中みたいですよ♪

私ですか?
今回はもう一つの隠れパーティーに
行ってきちゃいます(笑)

『ハプニングパーティーの続きです』より

“まみ”は、実は自分では馬鹿だと分かっていない低脳児です。
もちろん愚かな男です。

馬鹿馬鹿しい事を恥ずかしげもなく書いているんですよね。
んも~~
身元がすっかり分かっているのに、馬鹿だから本人は何も知らずに
こうして馬鹿ばかしい事を得意になって書いているんですよね。

わかるでしょう?
馬鹿としか言いようがないんですよ。うへへへへ。。。

低劣!
愚劣!
下らないエロさ!
低脳さ、丸出し!
ヤラシイ!と思わせる低級なポルノチックさ!

女性として書いていますが、ちょっと調べただけでも
愚かな男だと分かってしまうと言うお粗末さ!!!

本当の馬鹿というのは自分で馬鹿とは思っていない馬鹿のことです。
つまり、真美はそういう馬鹿の一人です。
うししししし。。。。

どうして馬鹿なの?

自分で自分の愚かさを
晒していること。

僕の記事は1日に4万5千人のサーファーに読まれているんですよ。
この記事が約30のブログ(僕のネットシンジケート)に掲載されると、
2日後にはGOOGLEとYAHOOにこの記事が紹介されます。

そうすると、この記事が日本語の読める何億人、もしそれが言い過ぎならば、
何千万人というネット市民の皆様に知れ渡ります。

つまり、この愚かな真美は自分で自分の首を絞めているという事が馬鹿だから分からない!

では、ここでどのようなコメントが僕の書いた上の記事に対して書かれたのかを次にお目にかけます。

ってかアンタ頭おかしいよね?
彼女とかいる?
女の子と会話できる?(笑)

by デンマーク 2006/08/17 06:15

まず僕が最初に読んだときの印象は。。。?

ばかがああああああ~~~ 
んも~~
オマエは、オレの書いたものを
全く理解していないじゃないかァ~!
自分で自分に問いかけろ! 馬鹿!
オマエのオツムが
イカレてんじゃないのォ~~?
オマエは真美と同じ
大馬鹿者だああああ~~!

僕は本心から、こう思いましたね。うへへへへ。。。。

僕の記事を読んで理解していないどころか、
僕の他の記事を全く読んでいない!

オツムの程度が、良くても出来の悪い中学校2年生か3年生程度だと思いましたね。
公衆便所の壁に書く落書きと、たいして変わりがありませんよね。

しかも、僕のこれまでの記事を読んでいた人ならば、このようなコメントを書けば、
必ず僕がこうして記事で取り上げる事が理解できるのですよ。
うへへへへ。。。

ところが、この愚か者には、こういう分かりきった事までが分からない。
僕の記事にどうしてコメントがつかないかと言えば。。。

正に、こうして記事に取り上げられて“晒される”からですよね。
だから、“常識と良識”のある人ならば、

デンマンのような馬鹿は相手にするな!

あなただって、そう思っているでしょう?
うへへへへ。。。。

ところが、“デンマーク”と名乗る愚か者は、自分の愚かさが全く理解できずに、馬鹿丸出しで
上のような下らないコメントを書いて自分の愚かさを自分で晒しているんですよね。

ボケぇ~~!

僕はそう思いましたよ。うひひひひひ。。。
そう思って書いたのが次の返信です。

オマエ、自分のことを言ってんのかよおおおおおおお???(笑)
オマエ、よほどの馬鹿だねぇええええ~~~!!!(笑)
どうするオマエのような馬鹿になれるの?(笑)

どうか味噌汁で顔を洗って、また書き直しておくれ!(笑)

オマエ、文章の書き方を知らないね?ダメだよ!!(笑)
小学校3年生程度の文章しか書けないと社会人になれないよ!(笑)

しかも、オマエはハンドル名も書けなければ
URLも書けない!(笑)
オツムの程度は幼稚園児だねぇ~~(笑)

ここはオマエのような低脳児童が来るところじゃないよ!(笑)
ロンパールームで遊ぶか、
2チャンネルで遊びな!(笑)
分かったあああああ???
ばかあああああ!!!
ボケぇ~~~(爆笑)

とにかく、
オマエのようなオツムの程度では
まともな返信など書けないよなあああああああ~~~(笑)
でも、これだけ書いてしまったよ!うへへへへへ。。。。

馬鹿とハサミの使いよう!

オマエのことで、また記事が書けそうだよ!(笑)

もちろん、この馬鹿はオマエの事だよ!
うししししし。。。。



とにかく、くだらないオマエのコメントだけれど、何とか使い道がありそうだよ!
ありがとよ。

もっと人間的に成長してからおいで!(笑)
まず、幼稚園を卒業して、それから小学校、そして中学校だよ。いいね?
せめて義務教育だけは、まともに卒業するんだよ!(笑)
いいね。
寅さんも草葉の陰できっとお前のようなオツムの弱い人間を応援していると思うよ!

くどいようだけれど、中学校だけは卒業するようにね。
今のオマエでは、まともに社会人としてやってゆけそうにないからね。

それ以上愚かになっちゃだめだよ。
くれぐれも人間的に成長するようにね。(笑)
じゃあね。
バ~♪~イ



by デンマン 2006/08/17 18:42

『アダルト産業の罪? PART 1』のコメント欄より

この愚か者のデンマークが上のコメントを書いたのが午前6時15分。
この愚か者も、自分が書いてしまったコメントが少しは的外れな事が分かったのでしょうね。
それから40分近く、僕のブログの記事をいくつか、ざっと読みました。
しかも、僕が作ったコミュニティをすべて覗きました。

そうしたあとで、このアホなデンマークが8月16日に僕が書いた記事(『英語って、やっぱ、国際語ですわよね? PART 1』)に、もう一度次のようなコメントを書いてくれたのです。

デンマンさんさぁ、言いたいこといっぱいあるよ…。
あんたかなりの数のコミュニティに参加してるよね。
その中に他人が作ったコミュニティは一つもない、
その時点であんた視野が狭いし、多分聞く耳も持たないタイプなんだろうなぁ。

知識は確かにあるようだけど、なんか人を馬鹿にしたような文章だし。
自分が一番だと信じてるんだろうね。

こういうタイプは大概はネット上だけでは元気だが、
実社会では相手にされない奴が多い。
俺もなるべくなら関わりたくないもん。
あんまりにヒドイから意見してあげました。
コメントもあまりもらってないようですから(笑)

by デンマーク 2006/08/17 06:57

僕は、さっそく次のような返信を書きました。

オマエが愚かなのは、僕の他の記事も良く読まずに、
充分に僕の文章も理解せずに
愚かなコメントを書いてしまったことだよ。(大爆笑)



本当にオマエは愚かだねえええ!(再笑)
どうして僕の記事にコメントが少ないのか?
オマエは最初のコメントを書いてから、
僕の記事を読んでやっと分かったようだね?(再々笑)

おそらく、今頃は僕の記事にコメントを書いたことを
後悔しているだろうよ!うひひひひ。。。
図星だろう?
ボケぇ~~(爆笑)

6時15分に愚かなオマエが最初にコメントを書いたけれど、
そのコメントと、この記事に書いたコメントを見比べただけでも、
オマエが迂闊(うかつ)に最初のコメントを書いたことが実に良く分かるよ!(笑)

コメントを書く時には、その文章を書いた人間を充分に理解してから書くものだよ!

“敵を知り己を知れば百戦危うからず”

愚かなオマエも聞いたことがあるだろう?

僕の場合には、僕が書いた記事が5000以上もある。
おそらく10000以上になるかもしれない。

愚かなオマエが、初めから僕の記事を読んでいたら、
おそらく最初の稚拙で愚劣なコメントをオマエは書かなかっただろうよ!(笑)
だろう?(大爆笑)



このコメントを書く前に、他の記事も読んだらしいが、
僕という人間が少しは分かったようだね?(再笑)

だろう?うへへへへ。。。。
ば~♪~か!!!

そのような軽率なところがオマエの愚かなところだよ!
まだまだ人間的にオマエはかなり未熟だね?(笑)

僕も未熟だけれど、オマエが僕という人間を
全く理解せずに愚かなコメントを書いてしまったことは、
オマエがよほどの未熟だという事を
オマエ自身がすっかり晒してしまっているんだよ!

ばかだねええええ~(笑)

つまり、愚かなオマエは、まだ批判の仕方を知らないんだよ。

この記事に愚かなオマエが書いたコメントを読んだだけでも、
オマエが少し反省している事が実に良く分かるよ。

つまり、この記事にコメントを書く前に、僕の他の記事も読んだわけだよな?

迂闊にコメントを書くと、このような返信が返ってくるということだよ!(笑)

今のオマエには分かっているだろうけれど。。。(再笑)

しかも、

“馬鹿とハサミの使いよう!”

愚かなオマエの事を題材に、
僕は明日の記事を書くんだよ!
ボケぇ~~!!!

おっと失礼!
ちょっと口が悪すぎるよねぇ。
ごめんにぇ(笑)

でもさ、僕は口は悪いが、
心は寅さんのように優しいんだよ!
うへへへへ。。。。

とにかくさ、愚かなオマエが僕の記事にコメントを書いてくれたおかげで、明日の記事が書けるよ。
ありがとね。

楽しみにして待っていてね。
オマエの稚拙で下らない文章を十分に活用して、
読み応えのある記事を
書くつもりでいますよ。

Again,
thanx millions!

じゃあね。

by デンマン 2006/08/17 19:42

『英語って、やっぱ、国際語ですわよね? PART 1』のコメント欄より

この愚かなデンマークが、なぜ真美のように恥知らずで愚かなのか?

1) ネチケットを知らない。

相手に意見する時には
自分のハンドル名と自分のホムペのURLかブログのURLを書くものです。
それこそ、ネットをやる者の最低限のマナーです。

2) 落書きをしている。

意見していると書いているけれど
マナーを守らず、ネチケットを知らず、
身元も明かさずに
公衆便所の壁に書くような落書きを書いている!

3) ドロボーがドロボーするな、と喚(わめ)いている!

この愚かなデンマークはマナーも守れず、
ネチケットも知らず、身元も明かさない。
つまり、近代市民の条件である“社会的自我”を見せずに
意見しているつもりになっている。

要するに、ドロボーがドロボーするな!
と言っているのと全く変わりない事をやっているのが、
この馬鹿者には分からない!

4) はじめから逃げ腰!

初めから批判する気持ちがないからURLが書けない!

僕のこれまでの記事を見てください。
URLを書かずにコメントを書いている人間は
すべて、この愚かなデンマークと同じ恥知らずで、低脳な愚か者です。
その証拠は次の記事を読むと実に良く分かりますよ。

■ 『 ☆ バークレー(デンマン)が噛み付いたコメントの数々 ☆ 』

■ 『 ☆ バークレー(デンマン)を励ますコメントの数々 ☆ 』

5) 卑怯で弱虫!

正義を守る“月光仮面” “スーパーマン”のつもりになっているけれど、
逃げ腰で、URLも書けず、自分のホムペやブログを見せようとしない。
落書きを書いて意見しているつもりになっている!

6) 社会的自我がない!

ネット上での“自分(社会的自我)”を持つ最低条件は
ホムペ、掲示板、あるいはブログを持つという事ですよ。
自分の信念と信条に基づいて自分が信じている事をネットで発信する。

ところが愚か者のデンマークには発信すべき内容を持たないから、
ホムペもブログも持っていない!

持っているならば、内容がないからURLも書けない!

7) 野次馬根性丸出し

そういうわけで愚かなデンマークは覆面した野次馬になっている。
うへへへへ。。。。
自分では意見しているつもりが、
これを読んでいる人の目には次のような愚かなサルとして映る。

8) 自分が愚かな事が全く分からない。

このデンマークはネットでは上のような覆面したサルなんですよ。
ところが、この愚かなデンマークは2ちゃんねるが世界のネットだと思っているから、
URLを書く気にもならないし、自分のハンドル名を書く気にもなれない。

つまり、デンマークと名乗るのも、デンマンをもじって付けた名前に過ぎないんですよね。
このあたりが、この愚か者が2ちゃんねるで“生まれ育った”という事を良く物語っているんですよ。

9) 島国根性に凝り固まった井の中の蛙

この愚かなデンマークは、これまで僕が日本のサイトで投稿のやり取りをした経験から、
まず間違いなく海外生活経験が全くありません。
海外生活経験があるならば、もう少しまともな批判文が書けるものですよ。

99.99%の確率で僕は自信をもって、そう言う事が出来ます。
なぜか?

10) 批判の仕方を知らない!

根拠のない事を平気で書いて自分の愚かさを晒している!

ってかアンタ頭おかしいよね?
彼女とかいる?
女の子と会話できる?(笑)

頭が可笑しい根拠を書いてない。
僕のように箇条書きで根拠を書いて
初めて“デンマーク”のオツムが足りない!と言う事ができるのですよ!
うへへへへ。。。。

“彼女とかいる?”
そういう疑問を持った根拠が書いてない?
しかも僕の他の記事を読んでいないから、僕にはレンゲさんという“心の恋人”が居る事を知らない!
うひひひひひ。。。。

“女の子と会話できる?(笑)”

僕が書いたレンゲさんの記事を読んでいないから僕と言う人間が全く理解できていない!
女の子と会話の出来ない人間がどうして“レンゲさん”の記事が書けるのか?

そんな単純な事が理解できない!

11) このデンマークの精神年齢は12才程度でしょうね!?

“女の子と会話できる?(笑)”

こういう馬鹿馬鹿しい事をマジで書いているとするなら、
このデンマークはよほどの愚か者ですよね。

つまり、子供が“オマエの母さんデーベソ!”と喚いているのと全く変わりのない事を
この愚か者が無意識にやっているという事ですよ。

僕の母親のデベソを見ていないにもかかわらず、僕に向かって
“オマエの母さんデーベソ!”と喚いている!!
馬鹿馬鹿しい! んも~~

あなただって、そう思うでしょう?
うへへへへ。。。。

12) ネットがどういうものか?全く理解していない!

僕ははっきりと書いているんですよ。

僕の記事は1日に4万5千人のサーファーに読まれているんですよ。
この記事が約30のブログ(僕のネットシンジケート)に掲載されると、
2日後にはGOOGLEとYAHOOにこの記事が紹介されます。

そうすると、この記事が日本語の読める何億人、
もしそれが言い過ぎならば、
何千万人というネット市民の皆様に知れ渡ります。

僕は自分の信条・信念・理念に基づいて正しいと信じている事、
世界のネット市民の皆様が読みたい思うもの、
参考になると思うもの、
面白いと思うもの。。。、
そういう情報を発信しているんですよ。
だから、僕のネットシンジケートを構築したんですよ。
そういうわけで、現在、4万5千人のネットサーファーがこの記事を読むわけです。

そういう考えで、Realogのたくさんのコミュニティも立ち上げたんですよ。
つまり、僕のネットシンジケートの一部ですよ。

でも、デンマークは社会的自我が目覚めていないので、
そのような観点で僕のやっていることを評価する事が出来ない。

だから次のような全く的外れなトンチンカンなことを書いている!

あんたかなりの数のコミュニティに参加してるよね。
その中に他人が作ったコミュニティは一つもない、
その時点であんた視野が狭いし、
多分聞く耳も持たないタイプなんだろうなぁ。

知識は確かにあるようだけど、
なんか人を馬鹿にしたような文章だし。
自分が一番だと信じてるんだろうね。

こういうタイプは大概はネット上だけでは元気だが、
実社会では相手にされない奴が多い。

愚かなデンマークの見識の狭さが、
さらに、島国根性に凝り固まった井の中の蛙であることが、
このような“意見”にも、実に良く表れている!

愚かなデンマークよ!
オマエはネットの世界でも国際人にならなければダメだよ!
要するに、オマエはネットがどういうものなのかを歴史的にも社会的にも文化的にも理解していない。

愚かなデンマークがやっていることは
野次馬として落書きを書いているだけ。
それを“デンマンを意見している”ことだと“妄想”している!

馬鹿も、ここまで来ると底抜けの馬鹿と言ってイイ!
うへへへへ。。。。

13) この愚か者にとって、ネットは落書きをするための公衆便所の壁

つまり、この愚か者のデンマークにとってネットは落書きをするための
公衆便所の壁以上のものではないんですよね。

この馬鹿も間違いなくこの記事を読んでいるはずです!

愚かなデンマークよ!

この記事にコメントを書く時には、オマエのホムペかブログのURLを書くんだよ!
いいね。
いつまでも馬鹿やってんじゃないよ!
うへへへへ。。。

とにかく、愚かなデンマークよ!
分かるだろう?

こうして下らないオマエのコメントも僕は絶対に無視しないよ!
世界のネットの福利と平和のために、オマエの愚劣で稚拙なコメントを利用させてもらいました。
ありがとね。

これがネットの世界でやるべきことでしょうね?
うししししし。。。

では。。。

ィ~ハァ~♪~!



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■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

おほほほほほ。。。。
また、出てまいりましたわぁ。
真美のような低級なポルノ馬鹿に
騙されないようにしてくださいね。
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目的でござ~♪~ますのよ。
絶対にだまされないようにね。
では、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。


ん?良識って何? [健全な批判精神]

ん?良識って何?
 

【良識】

健全な判断力

ボンサンス


三省堂新明解国語辞典より

自分が悪く言われるとき。。。
痛烈に批判されるとき。。。
言って欲しくない事を言われるとき。。。
後ろめたいと思っていたことを指摘されるとき。。。
気になっていたことを面前で言われるとき。。。

こういう時って、誰でも感情的になって、
あるいは、逆上して、
キレて。。。
それでも、おさまらずにブチ切れして。。。

僕がブルックリンに滞在していた時に、
よせばいいのに、馬鹿が余計なことを言ったために、
相手がブチギレて拳銃をぶっ放されて即死しました。

僕は、その馬鹿の隣に立っていたために返り血を浴びて、ひどいことになったことがあります。。。
ひどいことなんてもんじゃない。
僕は死ぬかと思いましたよ。
次は僕か。。。?

あの時僕はしみじみと悟りました。
“馬鹿は死ななきゃ治らない!”

拳銃をぶっ放した奴も馬鹿です。
日本の馬鹿と違うのは、アメリカの馬鹿は拳銃を持っている事もある。

ニューヨークでは、7ドルから10ドル出せば安い拳銃が買えましたから。。。
まさか拳銃が出てくるとは思いませんから、あの時は、僕は肝をつぶしました。
寿命が10年ちじまりましたよ。

でも、あの時の経験のおかげで、面前で批判するとき、人を見てから言うようになりました。
アメリカの馬鹿に向かって無闇に批判すると、殺されることがあるからです。
あの経験で寿命が10年ちじまりましたが、あの経験のおかげで、現在生きているのかもしれません。
うししししし。。。。

“キチガイに刃物!”と言う古言が日本にありますが、アメリカなら、さしずめ
“馬鹿にピストル!”でしょうか?うひひひひ。。。。

でも、とんでもない馬鹿でない限り、欧米ではトコトン批判し合いますよ。
僕は6時間、口げんかのような批判をし合ったことがあります。
それも、相手は僕よりも年上の女性でした。上司です。支店長でした。
もちろん英語ですよ。
それも、午前3時まで。。。オフィスで。。。
でも、クビになりませんでしたね。

後で、彼女のボーイフレンドがやってきて、苦情を言われましたよ。
それもそうでしょう。
午前3時がすぎているのに、ガールフレンドが帰ってこないのですからね。。。

でも、そのボーイフレンドには良識がありましたから、僕をピストルで射殺するような真似はしませんでしたね。
あの時の僕は、女性を午前3時まで押しとどめていたと言う“良識”を欠いていたようです。

でも、僕の真剣さに押されて帰ると言う事が、彼女には言い出せなかったようです。
お互いに時間の観念がなくなり、正に口に泡をためながら批判し合ったんですよね。
でも、翌日には、ケロッとしている所があって、“根に持つ”ことがないですよね。
あれだけやりあったら、日本ならば絶交になるのですが、あれ以来、支店長は僕に一目置くようになったような。。。そんな印象を僕は持ちました。

“雨降って地固まる”と言う事だと思っています。

ところで、僕は5月21日の記事(『政治意識が薄い事は悪いのか?』)でじゅぁきさんのコメントに対して批判したのです。
じゅぁきさんがどのような返信を書いてくれるものか。。。?と、かなり興味を持って待ち構えていました。
その返信をお目にかけます。

う~ん、やっぱり最後の部分は誤解されたようですね。
私はデンマンさんが政治参加してないとはいってないつもりです。
すくなくとも、40のブログや記事を書いて、実際の数値を見てるし、自分でも草の根政治といって活動してるじゃないですか?

私が最後でいいたかったのは、愚痴るだけで何もしない人向けだったんです。
場末の飲み屋で愚痴ったり、TVを見ながらただ文句を言うだけの人が対象でした。

それと、戦争当時の官僚と今の官僚はあきらかに違うと思いますよ。
山本五十六がアジアを見方につけなかった事を後悔したり、
当時の官僚が負け戦になるのを承知していたのも知ってます。
軍と政治家が組んで、ある意味のっとったわけですから。

このあたりは意見の相違なのでしょうが、今は政治家がほとんど腰抜けで、本当に一部だけ、いや数人が権力あるくらいだと思います。
官僚は扱いやすい政治家を利用して、隠れ蓑よろしくやりたい放題だと思います。

だから今は意識をしないといけないと言ってるのですが、うまく伝わらなかったようです。
結局小泉さんを見るとわかると思いますが、政治が変化を求めても骨抜きに官僚がしてしまうわけです。

ま、いずれにしても、政治家も官僚もなんとかしないといけないという事にかわりはないのですが・・・。
現実に日本にいる自分にとって、精神論だけでなく、具体的に何かをしないといけない、しかも時間がないんです。

バンクーバーにいるデンマンさんとはそこが違うのでしょう。
いろいろHPからもメッセージは送ってみたりしてるのですがね、届いてないようです(笑)。

リコールに関しては考えた事はあるんですが、現実に人は集まりませんでした。
何故なら、デンマンさんの言うように政治意識が低いから。
当時はネットがなかったというのもありますが。

まぁ、今からといっても、自分の生活を犠牲にしてまでとなると確かに自分もひいてしまうんですが・・・。

by じゅぁき ◆ starclew at 2006/07/21 17:23

僕は、さっそく次のような返信を書きました。 



じゅぁきさん、コメントありがとね。
うへへへへ。。。。
ちょっと意地の悪い書き方をしてしまいましたね。
もちろん、僕はじゅぁきさんを誤解していません。

“でも、でも、もっと根底に基本的なものとして、
人は自分が大切だからこそ、
他人をむやみやたらに傷つけてはいけないという精神だと思うんです。”


じゅぁきさんが書いたこの箇所を僕は何度も何度も読み返して理解しているつもりです。
このようなじゅぁきさんの返信が返ってくることを充分に僕は予測していたので、弁解のためにも、この箇所をしっかりと念のために書き加えていたんですよ。
うへへへへ。。。。

つまり、じゅぁきさんが無闇に人を傷つけたくない人だという事を僕は充分に理解しているつもりです。
批判するにしても、じゅぁきさんがこのことに気を使っていることを僕は理解しているつもりです。

ただし、読む人のことを考える時、当たり障りのないことを書くと読んでいてつまらないんですよ!
つまり、インパクトを与えるような文章を書かない限り、説得力がないんですよ。
僕は、じゅぁきさんが“悪意”のない人だという事、“人を無闇に傷つけたくない”人だという事を、これまでの記事とコメントを読んで充分に知っています。

でも、人を説得するには、人の注意をひきつけるには、“対立”しないとインパクトを与えることができないんですよ。
だから、僕はじゅぁきさんと対立しなければならなかったんですよ。
そうすることが最も効果的な書き方だという事を僕はこれまでの経験から学んできたんです。
だから、あのような書き方になってしまうんです。

このことについては、明日の記事でしっかりと書くつもりですよ。

じゅぁきさんが、僕が予測して以上に感情的になっていなかったのでほっとしていますよ。
あのような書き方をしたら、“レンゲさん”なら間違いなく感情的になるんですよ。
キレます。

じゅぁきさんが、境界性人格障害を患っていないことを知ってほっとしていますよ。
もちろん、その事を確かめようとして、あのような書き方をしたのではありませんよ。
誤解しませんように。

とにかく、僕はじゅぁきさんの良識に感謝していますよ。
この続きは明日の記事を読んでくださいね。
いつものことながら、コメント、ありがとうございました。
じゃあね。
バ~♪~イ!



by バークレー(デンマン) ◆ barclay at 2006/07/22 17:46

『政治意識が薄い事は悪いのか?(2006/07/21 Fri)』のコメント欄より

僕の記事にはめったにコメントがつきません。
もちろん、どうしてコメントがつかないのか?僕は充分に知っています。
僕は、噛み付くからですよ。

“触らぬ神にタタリなし!”
“馬鹿を相手にするな!”

僕はそのように思われることが多いのですよ。
だから、まともなコメントをもらうことは極めて少ないのです。
もらったとしても、えっけん君とか“きくま”とかマクベス君のように、全く批判になっていないコメントをもらうんですよね。
この3人は2ちゃんねるの愚か者と変わりがないんですよ。

もちろん、2ちゃんねるでやっているすべての人が愚か者だと言うつもりはありません。
2%から5%ほどは、貴重な情報を発信しています。
僕もそのような情報を使わせてもらったことがあります。

しかし、90%から95%の2ちゃんねらーは覆面する必要もないのに覆面して、無責任でいい加減なことを書いている愚か者です。
そういう馬鹿者からコメントをもらうことが多いのです。

じゅぁきさんは、まともなコメントを書いてくれる極めて少ないコメンテーターの中の一人なのです。
だから、僕は大変ありがたいと思っています。

返信にも書いたとおり、僕は故意にじゅぁきさんと“対立”して批判文を書きました。
経験から、そのようにして書くことが最も効果的であることを僕は学んだからです。
つまり、説得力のある文章と言うのはインパクトを与えなければならないんですよね。

八方美人的な文章を書いても、何にもならないんですよ。
要するに、当たり障りのない文章を書くことは、読む人に嫌味を与えない代わりに、インパクトも与えないし、説得力もない。
毒にも薬にもならない文章に終わってしまう。

そういう文章は、書くだけ時間の無駄です。
ネットで文章を書くからには、できれば、他の人には書けないような、僕だけが発言できる意味のある内容をネット市民の皆様に向けて発信する!
僕は、ブログで記事を書くと言う事はそう言う事だと信じているんですよ。
他の人に書けることは、他の人に任せておけばよい!
そう思っています。

正しいと思っていることを、僕の視点で書く。
僕の存在理由を確かめる作業です。

ところで、僕の記事を“すばらしい!”と思う人も極めて少ないんですよね。
腹が立つくらい少ない!
僕はSO-NETで2006年7月22日までに836の記事を書いています。
1日2つの記事ですから、418日書いてきたことになります。

SO-NETでは読者がすばらしいと思った記事にNice!と言うマークを与えるような仕組みができています。

僕はこれまでに、このマークを20しかもらったことがないのですよ。
僕ぐらい記事を書いている人なら、すでに2000を越すNice!をもらっている人などザラに居ます。

しかし、何度か書いたように、僕の記事は1日に約4万5千人の人が読んでいます。
それなのに、どうして、すばらしいと思う人が少ないのか?

要するに僕の記事が異質なんですよね。
僕の記事を読んでも消化しきれない人がほとんどなのです。
僕の記事を読む人のほとんどが消化不良を起こしているようです。うへへへへ。。。。

そういうわけで、僕の記事をすばらしいと思う人は少ない。

ところで、返信にも書いたように、僕は次の記事の中でじゅぁきさんを批判しました。

『政治意識が薄い事は悪いのか?』

この記事に対して、僕は数少ない20番目のNice!をもらったのです!
上の文章が上手いか下手かは別にして、僕は分かり易く書いたつもりです。
しかも、インパクトを与えるように書いたのです。

読む人によると嫌味を感じる文章だと思います。
しかし、読めば間違いなくインパクトを受ける文章にもなっています。
なぜなら、僕がこれまでの経験で、そのように書いているからです。

興味のある人は次の記事を読んでみてください。

『日本人は愚民か?がなぜ読まれるのか』

このエッセーの中で良く読まれている記事とはどういうものか?
そのことについて、例文を挙げながら説明しています。
インパクトを与えない文章は読まれていません。

“火事と喧嘩は江戸の華(はな)”

これなんですよね!
つまり、どの記事も“喧嘩論争”になっているんですよ。
要するに火事と喧嘩は誰だって関心があるんですよ。
近くに火事でもあろうものなら、よほど鈍感な人間でない限り、何事もほっぽりだして、すぐに見に行きますよね。
喧嘩も同じですよ。
派手な喧嘩ほど野次馬が集まってくる。

あなたは、これまでにどのような文章を書いたら読んでもらえるのか?
考えてみたことがありますか?

たくさんの人に読んでもらえるような文章を書く。
1年や2年で学べるものではありませんよね。
おそらく10年、15年、20年。。。と書き続けて体得してゆくものかもしれません。

しかし、そのように文章を書くことを仕事にしたいと言う人も、ネットにはかなり居ます。
日本でなら、“物書き”と謙遜して言うようですよね。
欧米では“作家 (writer)”と言いますよ。

日本で“作家”と言うと、直木賞をもらったような有名な“物書き”のことを言うのが普通のようです。
欧米では、有名無名に関係なく writer と言う場合が多いようです。
僕も、このwriterです。

では、日本で物書きを目指しているハカナさんからのコメントを紹介して
この記事を締めくくりたいと思います。
 

こんばんは。
掲示板の方ではお返事ありがとうございました。



実はこのBIGLOBEのウェブリブログ上で貴殿を知ったのですが、
とてもわかりやすい文章をお書きですね。
さすがは30カ国を旅された方です。
意思疎通のなんたるかを分かってらっしゃる!

それにひきかえ、私は文章が苦手です。
物書きを目指しているというのに思うようにいかないのです。
手前のブログでも政治的な話は「世の中」という項目で書いていますが、
読み手が少ないのが現状です。
それは「分かりにくい」からでしょうか。

デンマンさんの上の記事を読むとおり、
たしかにたくさんの人に読んでもらいたかったら、
他の記事のリンクを張るというのは良いシステムですね。
参考にさせていただきたいと思います。
このコメント欄は500文字以内というのが難ですね。
もっと長く書きたい人もいるでしょうに…。

では、長々と失礼しました。
またご訪問させていただくかもしれません。

by ハカナ 2006/07/15 19:29

上でハカナさんが言っている掲示板と言うのは次のリンクをクリックすると読むことができます。
『戦争を無くす事はできますよね。』

ハカナさん、わざわざこのブログにコメントありがとう。
僕もハカナさんのURLを見て、
多分そのようなことだろうと思っていましたよ。
僕は英文の文章を書くようになってから、
文章の書き方を改めて勉強しました。

英文の物書きには実に分かりやすい文章を書く人が多いですよ。
僕はJames Herriotさんの作品が好きで、



この作家の本をほとんどすべて読んだのですが、
文章を書く上でいろいろ勉強させられました。

いい作家の文章は分かりやすいですよね。
日本の作家では司馬遼太郎さんの作品が好きですよ。
この人の文章も分かりやすいですよね。
てらったりカッコつけることがありませんよ。

お互いに頑張りましょう。
時間ができたら、ハカナさんのブログも読ませてもらいますよ。
じゃあね。

by デンマン 2006/07/16 17:22

『国が必要だと思いますか?』のコメント欄より

あなたも、あなただけしか書けないインパクトのある文章を書いてくださいね。
その方が、お互いに読んで面白いですよね。
そう思いませんか?

では。。。

ィ~ハァ~♪~!



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■ 『デンマンのブログを削除した管理人に対する公開抗議文とその面白い顛末』

■ 『日本は軍国主義への道を歩んでいるのでしょうか?』

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■ 『一体、日本は良くなるの?』

■ 『どうして、こうも犯罪が増えている?警察はホントに駄目になったの?』

■ 『日本人に欠けているものは?』

■ 『日本のネットで迷惑を振りまいているウツケ者たち』

■ 『国際化・グローバル化とはあなたにとってどのようなものですか?』

■ 『日本 ☆ 日本人 ☆ 日本社会 ☆ 比較文化論』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

おほほほほ。。。。
卑弥子でござ~♪~ますわよ。
なんだか、デンマンさんが
物騒なことを書きましたけれど、
とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。


ん?前向きなコメント? [健全な批判精神]

ん?前向きなコメント?



なぜ日本国民は
政治意識が低いのか?


7月15日に、フルーツブログで書いた記事(『国が必要だと思いますか?』)にgeokunと、例によってじゅぁきさんから次のような貴重なコメントをもらいました。
いつもありがとね。

久しぶりに、面白いブログに出会いました!
読みでがありそうなので、ゆっくり読ませてもらいます!

紹介していたアモスさんの記事
“Justifiable Genocide?
 (ある民族を絶滅させることを正当化することができるだろうか?)”
も面白かったです。

今回の記事で私が、気になった点は、

> かつて、日本は経済大国になった国です。
> 今度は、福祉大国、幸福大国を目指すべきですよね?
> あなたも、そう思いませんかぁ~~?


ってところですが、経済大国になれたのは、
アメリカの加護と策略によってなしえた事だと思ってます。
もちろん、なれたこと自体も凄い事かもしれませんが、
アメリカが日本を資金調達国にしたかったのが一番かと!?

そして、福祉大国、幸福大国になるためには、今の日本の政治家では無理でしょう!
今までの政治家の中で、この人の政権がもっと長く続いていたら、
日本ももっと変わっていたかも。。。。。と思える政治家は、田中角栄くらいですね!

日本の教育システムも戦後、堕落の一途をたどり、
現在の人心荒廃の元凶となっている。

本当、バークレーさんが言うように(まだ記事は2,3しか読んでませんが^^;)
一人一人の意識変革から始めないと、
この国の未来は最悪のものとなるでしょう!

by geokun at 2006/07/16 15:53

僕はさっそく次のような返信を書きました。

> 久しぶりに、面白いブログに出会いました!
> 読みでがありそうなので、ゆっくり読ませてもらいます!


そうですか。。。そう言ってもらえるとうれしいですね。
じっくり読んでみてください。
コメントをもらえるとうれしいですよ。

> 紹介していたアモスさんの記事
> “Justifiable Genocide?
> (ある民族を絶滅させることを正当化することができるだろうか?)”
> も面白かったです。


おおおお~~、英文で面白く読めましたかあああ~~
かなり英語ができないと、あの文章は面白くは読めないでしょうねええええ。
けっこう、英語ができるようですね?
うへへへへ。。。。
僕の記事にコメントを書いてもらうと、どの程度か分かると思うのですが。。。。
。。。といってもべつにgeokunの能力を調べるほど詮索好きではありませんが。。。。
単なる好奇心ですよ。



> 今回の記事で私が、気になった点は、
> かつて、日本は経済大国になった国です。
> 今度は、福祉大国、幸福大国を目指すべきですよね?
> あなたも、そう思いませんかぁ~~?
> ってところですが、経済大国になれたのは、
> アメリカの加護と策略によってなしえた事だと思ってます。


同感ですよ。
僕もそう思っていますよ!
アメリカ無しではとても無理でしたね。

> もちろん、なれたこと自体も凄い事かもしれませんが、


そうですよ。日本民族のバイタリティーには確かに見るべきものがありますよ。

> アメリカが日本を資金調達国にしたかったのが一番かと!?


同感ですね。

> そして、福祉大国、幸福大国になるためには、
> 今の日本の政治家では無理でしょう! 
> 今までの政治家の中で、この人の政権がもっと長く続いていたら、
> 日本ももっと変わっていたかも。。。。。と思える政治家は、
> 田中角栄くらいですね!


同感ですよ!
僕もそう思っていましたよ!
田中角栄には学歴が無かった。
だから、自分の能力におごることなく優秀な参謀を集めることがうまかった。
つまり、人脈を作ることがうまかった。
あの列島改造論も参謀のアイデアだったらしい。
あのアイデア自体はすばらしいものでしたよ!
ただし、運用の仕方がまずかった!
共産主義と同じですよ。
アイデアは実にすばらしい。
しかし、旧ソ連は運用の仕方を間違えてしまった。
角さんもそうでしたよ。

> 日本の教育システムも戦後、堕落の一途をたどり、
> 現在の人心荒廃の元凶となっている。




そうですよ!
産業兵士を生み出す教育が一生懸命でしたからね。
人間教育がおろそかにされてしまいましたよ!
だから、頼もしいビジョンを持った政治家が現れない。
金と権力争いのことばかり考えている!
そのツケが、今回ってきているところですよね。

> 本当、バークレーさんが言うように
> (まだ記事は2,3しか読んでませんが^^;)
> 一人一人の意識変革から始めないと、
> この国の未来は最悪のものとなるでしょう!


賛同してもらって心強いですよ!
政治家にビジョンを持って居る人が居ませんからね。
geokunが言ったように、戦後、政治家らしい政治家は
角さん以外に居ませんでしたよ。僕もそう思っていましたよ。

角さんだけがビジョンらしいビジョンを持っていた政治家だったですね。
少なくとも、あの列島改造論は、アイデアとしてすばらしいものでした。



しかし、角さんも“人間教育”ということまでは考えていなかったようですね。
あるいは、僕が知らないだけかもしれません。
しかし、人間教育をしっかりやろうとする政治家は見当たりませんでしたね。
“教育族”というのはできなかったですよね。
金にならないからでしょうね。うへへへへ。。。。

“道路族”には悪徳政治家が群がっているようですけれどね。。。。
うへへへへ。。。。
とにかくコメントありがとうございました。
また気が向いたら書いてくださいね。
では。。。

バークレー(デンマン) ◆ barclay at 2006/07/16 19:00

じゅぁきさんも、上のやり取りを読んで次のようなコメントを書いてくれました。



詳しいことはまたトラバさせていただくとして、
教育族というのはある意味いるんですよね。

最近の校長は、その地域の有力者とのつながりが濃いのです。
それに群がる教頭達という構造でしょうか?
だいたい有力者は政治家がほとんどなんです。
これらは切実に何とかして欲しいこの頃です。

あと、私も角栄さん好きですよ(笑)。
列島改造論は詳しくよんでないんですが、
それでもあの人の功績を追うと今の政治家にないものを持っていました。

今は秘書だった早坂さんでしたっけ?
あの人が角栄語録をTVで教えてくれてますが、最近はでなくなりました・・・。

あと、コメントに関して自分ではそんなに喜ばれることは書いてないと思っていますが、
素直に嬉しいと思います、ありがとうございます。

また来ますので、よろしくお願いします!

by じゅぁき ◆ starclew at 2006/07/18 09:38

僕は、さっそく次のような返信を書きました。



じゅぁきさん、
またまた、コメントとトラバありがとう!
つい今しがた、じゅぁきさんの記事を読ませてもらいましたよ。

毎日の生活の中で“国とは一体何なのか?”
そういう事を突き詰めて考える人はまず居ないでしょうね。
(日本では。。。)
じゅぁきさんが書いていたように、ワールドカップサッカーだとか、オリンピックだとか。。。
そういう時に、国が身近に感じられますよね。

でも、普段の生活の中では、国に不満は持ってはいても、
直接、悪徳政治家が玄関に入ってきて政治資金を出せ!と言わない限り、
年金をごまかした悪徳政治家さえ辞めさせようとはしないものですよ。

とにかく日本では欧米と比べて政治家と国民の間の距離がありすぎますよね。
アメリカの大統領選挙の時のテレビニュースなどを見れば一目瞭然ですよ。
あの熱気とお祭り騒ぎは、日本では全く見られないですよね。

あの熱気が、もし年金をごまかすような政治家が出た場合には、
リコールと言う運動になって、悪徳政治家を辞めさせますよ。

現在、アーニーちゃんがカリフォルニアの州知事になっていますが、
その前の州知事は、そのようにしてカリフォルニア州民が立ち上がって、
“悪徳州知事”を辞めさせてしまったんですよ!

日本ではリコールなんて聞いたことも無いでしょう?!
アメリカの大統領選挙の時の“お祭り騒ぎ”は、
単なるお祭る騒ぎなどではないんですよ。
悪徳政治家が出たら、その熱気がリコール運動となって民衆の不満や怒りが爆発して、
その悪徳政治家を辞めさせてしまう!!!

ニクソン大統領だって、あの時辞任しなければ、辞めさせられる運命だったんですよね。
Impeachmentによって!
それをされると、もっと歴史に汚点を残すことになるので、ニクソンは辞任したわけですよね。

その政治意識が日本国民には欠如している!!!
だから、年金をごまかした政治家の大多数が、
いまだに国会議事堂の中をウロウロ歩いていますよ!
馬鹿馬鹿しいことですが。。。

なぜか?
明日の記事で書きたい思いますよ!
ぜひ読んでくださいね。
いつものようにコメントありがとう。
また、こうしてインスピレーションをもらいましたよ!
うへへへへ。。。。



じゃあね

バークレー(デンマン) ◆ barclay at 2006/07/18 16:46

『国が必要だと思いますか?』のコメント欄より

もちろん、geokunとじゅぁきさん以外のたくさんの人からも、前向きで意味のあるコメントをもらっています。
その人たちの事は次のスレッドに書いてあります。
『☆ バークレー(デンマン)を励ますコメントの数々 ☆』

たまたま7月15日の記事にコメントを付けてくれたので、この二人を取り上げました。
しかも、タイムリーだったことと、僕がこれから書こうと思っていることにインスピレーションを与えてくれました。
つまり、前向きで意味のあるコメントなんですよね。
こういうコメントこそ“良識のあるネット市民”としてお互いに書くべきコメントだと僕は信じています。

すぐ上で書いたように“なぜ日本国民には政治意識が欠如しているのか?”
このことについて書きたいと思います。

実は、じゅぁきさんは7月13日の記事にもコメントを書いてくれたのです。
ありがとうございます。
そのコメントの中に“極めて日本人らしいは発想”が書かれているので、もう一度ここに書き出したいと思います。



国というものが権力志向の悪というのを子供が思ってる・・・。
それは単純に大人をマネているだけでよくわかってない感じてますが。

それと、身を守るという発想じたいの問題性というか、
敵対する者への対処というか、
人は残念ながら成熟してないどころか、
悪徳な政治家によって退化させられているような日本では実名は結構厳しいです。

私は実名を明かさないのがネットだと思っていますし、
ネットで仲良くなった人たちのH/Nを大切にしています。
また、家族に害が及ばないように気をつける配慮も必要な社会という事も嘆かわしいですが、
確実に存在します。

ただ、国という概念を市区町村に置き換えて、グローバルな視点も大切です。
でも、でも、もっと根底に基本的なものとして、
人は自分が大切だからこそ、
他人をむやみやたらに傷つけてはいけないという精神だと思うんです。


デンマンさんと結局言い方が違うだけで同じなのですが、
自分が幸せになるなら家族も幸せでなければ、
家族が幸せになるためには地域が、
地域が幸せになるためには県や都が、
それが幸せになるためには国が、
国が幸せになるためには地球が・・・。

私の発想はかなり個人ではありますが、
人の性を省みたときに説得力が増すと思うのでそういってます。
だから戦争になるような事を避けるべきというのは、
あくまで自分が幸せになりたいからだと。

それにしても国っていったいなんなんですかね?
このブログ読んで、ちょっと考えてしまいました。

by じゅぁき ◆ starclew at 2006/07/14 10:54

『どうして国が必要なの?』のコメント欄より

いつものことながら、じゅぁきさんのコメントには“打てば響くような”文句が書いてあるんですよ。

でも、でも、もっと根底に基本的なものとして、
人は自分が大切だからこそ、
他人をむやみやたらに傷つけてはいけないという精神だと思うんです。

そうなんですよ!その通りですよ!
この精神こそ日本民族の心の中に深く植えつけられている聖徳太子の“和の精神”なんですよ。
ここで、このことについて書くと、長い記事がまたまた長~♪~くなりますので、
興味のある人はぜひ次の記事を読んでくださいね。
『なぜ、蝦夷という名前なの?』

この記事の中で聖徳太子の17条の憲法について詳しく書いています。
その第1条が“和をもって、貴(とうと)しとなす”なんですよ。
つまり、じゅぁきさんが書いたように、他人をむやみやたらに傷つけてはいけませんよ。
みんな仲良くしなさい。平和であることが一番ですよ。

聖徳太子もそのように言っているんですよ。
聖徳太子が亡くなると、100年もたたないうちに太子信仰が起こり、
やがて“日本人の心”に“和の精神”が根付いてゆきます。
しかし、元をただせば、この精神こそ原日本人の“平和主義”だったのです。
その事を僕は上の記事で、分かり易く説明したつもりです。

仲良くしましょう。

もちろん、このこと自体に僕は不満があるのではありません。
仲良くすることは常識ですよね。
ところが、聖徳太子が亡くなると、この和の精神は全く無視された。
天皇が暗殺されるという事が当時実際に起こった。
(崇峻天皇は暗殺された。)

それ以後の日本の歴史には天皇を暗殺するという事は実際に起こらなかった。
現在まで一度も起こらなかった!
そのようなことを考えること自体、あまりにも恐れおおい事として日本人の中には“天皇を殺す”事を考える人さえ居なかった。

ところが、崇峻天皇が暗殺されてからも、当時の日本には血なまぐさいことが続きました。
持統天皇は、あなたも知っているように女帝です。



春すぎて 夏来たるらし 白妙(しろたえ)の

 衣(ころも)ほしたり 天(あめ)の香具山

この有名な持統天皇の歌は、ただ単に四季の移り変わりに感興を催(もよお)して詠(よ)んだんではないんですよね。
多くの学者(文学者、歴史家)は、香具山のふもとで白妙を虫干ししている農民の姿を持統天皇が温かく見守っている、と言うように解釈しているんですよ。
僕は、このような解釈が馬鹿馬鹿しいと思っています。

それまでの持統天皇の波乱に満ちた人生を考えるとき、
愛する人を奪われ続けてきたこの女性の性(さが)と業(ごう)を考えるとき、
僕は次のようにしか解釈できません。

春が過ぎて夏が来たようだ。

天の香具山に美しく真っ白な衣が干してあるなあぁ~

でも、私の心はあの山の裏にある

磐余(いわれ)の池を見ているのです。



大津皇子が自害する前に池の端で

辞世の歌を読んだという。

自害の後で、皇子の妻であり、

私の腹違いの妹でもある山辺皇女が

髪を振り乱し、裸足で駆けて行き、共に殉死したという。

痛ましいには違いない。

しかし私は、ああせねばならなかったのです。

怨霊になって私を憎んでいるのかもしれないけれど、

私には他にとるべき道はなかったのです。

どうか、心安らかに眠っていて欲しい。

詳しいことは、長くなるので書きません。
次の記事を読んでくださいね。
『哀れな女の性(さが)と業(ごう) ★ 古代のある女の悲劇』

つまり、持統天皇が死に追いやった甥の大津皇子と異母妹の山辺皇女の怨霊(つまり、タタリ)を持統天皇は恐れているのですよ。
要するに、この頃から“触らぬ神にタタリ無し”という信仰にも似た気持ちが、
このような持統天皇の仕打ちなどを見ていた民衆の間にも起こってくる。

それが、いまだに日本人の心に息づいているんですよね。
だからこそ、“触らぬ神にタタリ無し”という古言が現在でも生きている!

だから、“見て見ぬ振りをする”

例えば、女性が混雑した電車の中で痴漢にあったとする。
よほど勇気のある女性でない限り“恥ずかしい”、“みっともない”と思ってしまって、
日本では女性は声を立てないんですよね。

欧米で痴漢が少ないのは、こちらの女性は声を立てるからですよ!
電車でも、バスの中でも女性の大切なところに触ろうとしたら、大変なことになりますよ!

日本では、たとえ女性が声を立てても、助ける人が極めて少ないと言う話を聞きました。
つまり、“触らぬ神にタタリ無し”
“見て見ぬ振りをする”

これは、政治家に対してもそうなんですよね。
政治家が年金をごまかす。
こういう駄目な政治家は先進諸国の中には居ませんよ!

もし居れば、
カリフォルニア州民がリコールしてアーニーちゃんの前の“悪徳州知事”を辞めさせてしまったように、
民衆の怒りや不満がリコール運動になって知事や議員を辞めさせてしまう。

ところが、日本では、このような運動にならない!

“仲良くしましょう”
“触らぬ神にタタリ無し”
“見て見ぬ振りをする”

つまり、“事なかれ主義”なんですよね。

だから、年金をごまかした悪徳政治家が、いまだに国会議事堂の中をウロウロしている。
年金をごまかす政治家も悪い!
しかし、ごまかした政治家をそのままにしておく日本国民も悪い!
要するに、日本国民の政治意識が極めて低いという事ですよね?!

大統領といえども、あくどい事をすれば引き摺り下ろされてしまうのがアメリカですよ。
ニクソン大統領は、引き摺り下ろされそうになったので、自分から辞めてしまった!
つまり、アメリカ人の政治意識がニクソン大統領を辞めさせたわけですよね。

ところが、その政治意識が日本国民には無い!
だから、日本国民を甘く見て、年金をごまかした政治家が、いまだにノウノウとしている!

フランス革命によって欧米の近代市民が生まれた!

国を自分のものと考えて好き勝手なことをやっていた王様の首をちょん切る
王様と一緒に勝手で身勝手なことをやっていた貴族の首をちょん切る!
当時、年金をごまかした政治家がフランスに居たら、首をちょん切られてしまったわけですよね。
そうやって近代市民が誕生したんですよ。

分かるでしょう?
そうやって、社会的自我に目覚めた近代市民が誕生したんですよ!
世界のネット市民はその近代市民の心の遺産を引き継いでいるのです。

World Wide Web はスイス、ジュネーヴの欧州共同原子核研究機関 (CERN) の顧問ソフトウェアエンジニアだったTimothy Berners-Lee によって生み出され
そのソースコードが1991年にネット上で公開されて、ウェブが爆発的に広がったのだけれども、
このネットでウェブを使うネット市民も近代市民として自覚すべきだと僕は思いますね。

つまり、近代市民とは?
世界のネット市民とは何か?

確固とした社会的自我を持つことですよ!
しっかりとした自分の意見を持って、間違ったことに対しては、しっかりと批判することですよ!
それこそが近代市民の条件ですよ!

ニクソン大統領を退陣させたのは
健全な批判精神がアメリカのメディアに根付いていたからですよ!
だからこそ、ワシントンポスト紙のボブ・ウッドワード記者がウォーターゲート事件という暴露記事を書けた。

日本だったら、
“仲良くしましょう”
“触らぬ神にタタリ無し”
“見て見ぬ振りをする”
“事なかれ主義”があったから、もみ消されてしまったかもしれませんよね!?

しかし、メディアもアメリカ国民も健全な批判精神を持っていた!
だから、前の“悪徳カリフォルニア州知事”はリコールで辞めさせられた。
ニクソン大統領も辞めなければならなかった。

ところが、日本では、年金をごまかした政治家の多くが、いまだに国会議事堂の中をうろついている!

健全な批判精神が日本には根付いていないからですよ!
“批判”すると、日本では“誹謗中傷”と受け止められてしまう。

そんなことを言わないで、“仲良くしましょうね”と言われてしまう!

丸め込まれて“事なかれ主義”で表面的には仲良くやっている。
しかし、日本国民の大多数は不満タラタラですよ!
あなただってそうでしょう?
ストレスがたまっているでしょう?
うへへへへ。。。。

そういう馬鹿なことをやっているのがイヤだから、
デンマンはパラダイスと決めたカナダのバンクーバーに居るんですよ。
ストレスもためず、政治に不満を感じれば、
こうして健全な批判精神に基づいてブログで記事を書いている!
僕のやっていることはそういう事なんですよ。
お分かりいただけたでしょうか?

一人でも多くの人が“社会的自我”に目覚め
しっかりとした意見を持って、駄目な政治家に対して断固として批判する!
その気構えを持つことが必要だと僕は信じていますよ!

そうでない限り、日本の将来はお先真っ暗ですよね。
あなたも、そう思いませんか?

今夜のテレビニュースを見てくださいよ!
悲惨な事件が今夜も報道されますよ!
他の先進諸国と比べて、日本には悲惨な事件が多すぎますよ!
親殺し。
息子殺し!
娘殺し!
子供の虐待!
幼児殺し
。。。。

誰が、こんな日本にしてしまったのかああああ?

心のねじまがった政治家ですよ!
年金をごまかすような心のねじまがった政治家ですよ!

そして、その政治家に、いまだに政治をやらせておく日本国民の政治意識の低さですよ!
仲良くするのは、確かに良いことですよ!
僕も、その事を認めますよ!

しかし、年金をごまかした政治家と仲良くして一体何になるんですか?
馬鹿馬鹿しい!
“仲良くしましょうね”と言った聖徳太子が聞いたって馬鹿馬鹿しいと思うでしょうね!?

仲良くするのは良いけれど、
健全な批判精神を忘れてしまうと、現在の日本のように
良い政治家が生まれてこないんですよ!

駄目な政治家が最も悪い!
でも、命をかけて批判しない我々日本国民の怠慢でもあるんですよね!

昔は命をかけた政治家がいましたよね。
板垣退助ちゃんも、そういう政治家でしたよね。
“板垣死すとも自由は死せず”
(カッコいいなああああ~~~!)

暗殺されそうになって、そう言ったと伝説化していますが、
命を張って政治をする気構えを昔の日本の政治家は持っていたようですよね!
明治維新の志士を思い出してください!

時代が違うと言われれば、それもそうですけれど。。。、
僕だって、命が狙われて、殺されることを覚悟して書いていますよ!
ブログにろくな事を書かなかったなァ!と恨まれて、殺される人間が日本に必ず出てきますよ!

僕は、そうやって殺される第1号にならないように気をつけますが。。。
だからと言って、言うべきことを言わない、書くべきことを書かない。
そういう人間にはなりたくありませんよ。

それでは死んでいることと同じですからね。
僕は、命を狙われることも覚悟で書いています。
あなたも、そのつもりで、書いてくださいね。
うへへへへへ。。。。
(でも、僕はマジだよ!)

命が惜しいからといって、みっともない真似をしないようにね!
2ちゃんねるで遊んでいる馬鹿にならないように!
ほとんどの人が匿名のまま無責任でいい加減なことを2ちゃんねるに書いていますよ。
あなたに、もし2ちゃんねるで遊ぶ時間があったら、ブログを立ち上げて、
草の根政治家になって、正しいと思うことを書きまくってくださいね。
草の根政治(Grassroots Net Politics)ですよ!

そういう人が一人でも増えれば、日本は必ず現在よりも良くなります。
少なくとも、年金をごまかすような政治家が少なくなるはずです。
なぜなら、僕のような草の根政治家が、それこそ首でも取ったように、
年金をごまかした駄目な政治家について、こうして書きまくりますからねぇ。。。
うへへへへ。。。。

あなたもね、できれば本当の意味で自分を国際化してくださいね。
海外に出かけなくても、ネットの上で充分にできます。

つまり国際化ということは、ネットでも、近代市民として世界中の人と交信するということですよ。
少なくとも、しっかりとハンドル名を書いて、
あなたのホムペかブログのURLを書いて、正々堂々と意見を交換してくださいね。

覆面したままで記事を書くということは2ちゃんねるで書くように
無責任でいい加減な投稿を書くことと同じことなんですからね。

つまり、こういう格好で“きくま”やマクベス君のようにコメントを書いている愚か者が日本にはあまりにも多いんですよ!
頭隠して尻隠さずですよ!
これを見たら、おかしいでしょう?

でもね、自分ではまともな事をやっているつもりになっているけれど、
上のような格好でネットでコメントを付けている愚か者が、日本には実に多いんです!
 
とにかく、上のようなサルにはならないでくださいよね。うへへへ。。。

では。。。

ィ~ハァ~♪~!



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■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

おほほほほ。。。。
卑弥子でござ~♪~ますわよ。
なんだか、デンマンさんが
物騒なことをおっしゃっていますけれど、
とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。

 


親愛なる愚かなマクベス君 [健全な批判精神]

親愛なる愚かなマクベス君


あなたはネチケットを守っていますか?

あなたはネチケットを守ってる?

では、ブログに関する基本的なネチケットを書いてみますね。

1. 関係のない記事にトラックバックを飛ばさない。

2. コメント欄に全く関係のない宣伝をしない。

3. コメントを書く時にはハンドル名とURLを書く。
   書きたくないのなら、コメントをつけずに
   2ちゃんねるで匿名で好きなだけ遊ぶ。

この3つをぜひ守ってくださいね。
そうすれば世界のネットの発展と幸福と福祉が促進されるのですよ。

ん? どうしてコメントを書く時にハンドル名とURLを書かなければならないのか分からないの?

もし、マジでそう思っているなら、あなたは知能程度が幼稚園児と同じだね。

どうしてか?

ブログを読みに行く事を誰かの家に遊びに行く事だと思ってくださいね。

見たことも聞いた事もない人を家にあげる人が居ますか?

やっぱりね、名前とどこからやって来たのかを知らせるのはエチケットですよ。
あなただって、そう思うでしょう?

逆に、あなたが訪問者を受け入れる時のことを考えてみてください。
名前もどこからやってきたのかも告げずに、土足で上がり込んで来た人が居るとします。

まず、けんかになるでしょう?
喧嘩したくないのなら、あなたはこっそりと警察に電話をかけるでしょうね。

何も用がないのに他人の家を訪ねる人は居ませんよね。
ジャンクメールだけを投げ込んでゆく人は嫌われるか、迷惑だと思われてしまいますよ。

その同じ事をブログでやっている人が実に多いんですよね。

日本では

“馬鹿を相手にするな!”

と考えている人が多いですよね。
そういう馬鹿は無視しなさい、と考えている。
だから、日本がなかなか住み良くならないんですよね。
欧米では馬鹿に対して、はっきりと注意する事が実に多いですよ!

バスや電車の中で迷惑行為をしている人を見ると、
日本では、圧倒的に見て見ぬフリをしますね。
アメリカやカナダやフランスやイギリスやドイツでは考えられない事です。

必ず誰かが注意しますよ。

実は、これまでのことは今年(2006年)の3月15日に書いたことなんですよ。
僕は何度も書いているように同じ記事を30のブログに書いているんですよ。
1日に約4万5千人の人が僕の記事を読んでくれています。

僕が“はてなDiary”に書いた記事(『ネチケットを知らない愚か者たち』)にコメントを書いてくれたのがこの記事のタイトル“親愛なる愚かなマクベス君”です。

すぐ上のリンクをクリックすればマクベス君と僕との対話が読めますが、
読みやすく楽しく読めるように、ここに編集して載せますね。

僕がなぜ、“親愛なる愚かなマクベス君”と呼ぶのか?きっと分かってもらえると思います。

失礼。下世話ながら批判させて頂きます。
ネチケットマナーに対する価値観、日本国民のイメージ、
どのように思い描こうが貴方の自由です。
どこに記載しようが自由です。

“言論の自由”は民主制云々以前に、
人間の尊厳であって然るべきものですから。
そこは否定しません。

が、貴方はあえてマジョリティを否定し、
アイデンティティを形成する為にブログを製作している。

自己の為に侃侃諤諤する事を私は否定しませんが、
文章を咀嚼して察するに、寂しいんですね。貴方は。

個人叩きと、自己発信は必ずしも矛盾しません。
どちらも個が形成する思想ですし、
他者を屈服させる事に愉悦を感じるのもまた、ごく平凡な事です。

それ故、酷く滑稽に映ってしまいます。
他者を幼稚と哄笑する貴方の幼稚さが。
いや、幼稚さとは少し違うか。どちらかといえば、
懐古主義に囚われた哀れな所が と言った方が正しいのかもしれないですね。

残念な事に、貴方の様な方が、今この日本に溢れ却っています。
貴方の言う狂った日本は、貴方自身です。

そして貴方が書いた文章の数々は、
何一つ発信されていません。 自虐行為そのものです。

前を見ましょう。
今のこのブログからは何も生まれません。

by MaCBeth (2006/03/16 06:15)

マクベス君が、この自分の書いた文章を今読めば、
いかに間違ったことを書いていたかが実に良く分かると思います。
彼自身、良くこの事実を理解しています。
反省もしています。
ただ、反省が足りないだけです。
うへへへへ。。。。

 
僕は30のブログに毎日2つづつ同じ記事を書いているのですよ。
つまり、自分で“草の根政治”シンジケートを構築したのです。

これはSO-NETの僕のブログの統計ですが、
6月18日のアクセスは約2000でした。

平均が1000アクセスだとします。
このうち半分の人が僕の記事の下に貼ってあるリンクをクリックして僕の掲示板の記事を読むとします。
すると、総アクセス数は、1日で

(1000 +500) * 30 ブログ = 45000 アクセス (Page views)

1日に延べ4万5千人のネットサーファーが僕の記事を読んでいます。
もちろん、マクベス君のような愚か者もたくさん居ます。
しかし、一人でも二人でも、“病める日本を良くしたい” という人が増えることを信じて
僕は “草の根政治(grassroots net politics)” をやっているわけです。

年金をごまかす政治家より、このデンマンの方がよっぽどましだと思いませんか?
日本人の一人一人が“草の根政治家”だという気概を持てば、日本は必ず良くなるんですよ。
うへへへへ。。。
あなたもそう思いませんか?

マクベス君が上のコメントを書いてくれた頃は2万人でした。
現在、その2倍以上の人が読んでくれています。
そして、我が親愛なる愚かなマクベス君も読んでいます。

では、上のマクベス君が書いてくれたコメントに対する僕の返信をお目にかけます。

マクベス君、元気そうでないねぇ~~。

>失礼。下世話ながら批判させて頂きます。

海外生活経験があって国際的な教養を身につけているなら、
出だしから“失礼”なんて書かないものだよ!
君が“日本しか知らない井の中の蛙”であることが、
出だしの文句から分かってしまうというお粗末ぶり!



マクベス君、キミは国際化・グローバル化にすっかり取り残されてしまっているね。
もっと、もっと世界のネットに飛び出して勉強する必要があるようだね。

どうやら、キミは2ちゃんねるしか知らないようだね。

>貴方はあえてマジョリティを否定し、
>アイデンティティを形成する為にブログを製作している。
>自己の為に侃侃諤諤する事を私は否定しませんが、
>文章を咀嚼して察するに、寂しいんですね。貴方は。

マクベス君、キミは海外を見たことがまったくないね。
つまり、“社会自我”という概念をまったく持っていない!

“アイデンティティを形成する”こと!
それが近代市民じゃないか!
それが社会自我じゃないか!
フランス革命によって“市民”が誕生した!
確固とした自我を持つこと!
それこそが近代市民の条件じゃないか!

僕は世界のマジョリティを見据えて僕のブログを書いているんだよ!
マクベス君、勘違いしてもらっては困るよ!

マクベス君と2ちゃんねるに通っている愚か者が
世界のネットから見れば完全なマイノリティーなんですよ。
つまりね、マクベス君、出だしから“失礼”と書いてしまったキミの失態ぶり!
これこそが、井の中の蛙の見本ですよ!

国際化からすっかり取り残されてしまったマクベス君の書いた文章が、
“社会自我”がまだ確立されていない、
“日本しか知らない井の中の蛙”のマクベス君自身を、
はっきりと世界のネットの市民の皆様に晒してしまっていますよ!

“失礼と出だしから言うマクベス君”

どうやら、これが君のトレードマークになりそうだね?

マクベス君のように、まともに僕を批判することができない人間を
前近代的人間と言うんだよ!
つまり、社会自我が確立していないので、
自信を持って僕を批判することができない!
だから、“日本しか知らない井の中の蛙”が丸出しになっている!
そういうわけで、愚かにも出だしに“失礼”と書いてしまった!

国際人なら、出だしから“失礼”と書くような愚かなことはしませんよ!
つまり、何も失礼なことをしていないにもかかわらず、
マクベス君は無意識のうちに、自分が“日本しか知らない井の中の蛙”であることを
僕に謝っているんですよ!
“田舎者ですいません”と無意識のうちに、僕に謝っている!!!

マクベス君、どうですか?
自分の愚かさが分かったでしょう?

海外生活経験がないとね、このような愚かなことを無意識のうちに書いてしまうんですよ!
マクベス君のような愚か者は、それをそのまま英文に訳して書いてしまいかねない。
そんな事を英文で書こうものなら、お笑い者になってしまいますよ!
ところが、可哀想にも、国際化にすっかり取り残されてしまったマクベス君にはまったく分からない!

>失礼。下世話ながら批判させて頂きます。

これが前近代的人間の文章の書き方ですよ!
マクベス君、僕も君も世界のネットをやっているんだよ!
僕はね、今これをカナダのバンクーバーで書いているの。
分かる?

マクベス君、キミが好きであろうが、嫌いであろうが、そんなことには関係なく、
愚かなオマエも国際化の波の中に飲み込まれているんだよ!
そのことに、オマエは今だに気づいていない!
だから、僕はオマエのことを愚か者と呼ぶわけですよ!

しかし、僕は口は悪いけれど、
心は寅さんのように優しいからね。
悪く思うなよなぁ~。へへへへ。。。。

僕は個人的には、オマエのことに対して
悪感情はこれっぽっちも持っていませんよ!

“罪を憎んで人を憎まず”
“マクベス君の愚かさを哀れんで、
 愚かなマクベス君を憎まず” 
へへへへ。。。。。

つまりね、マクベス君は国際化とグローバル化を畳の上でしか知らない!
畳の上で一生懸命手足をばたつかせながら僕を批判しているつもりになっている!
そういうところが愚かだと言うんだよ!
分かるかね、マクベス君?

“日本しか知らない井の中の蛙”じゃ、ダメじゃないか!!

マクベス君、君は国際人のデンマンにコメントを書いているんだよ!
出だしから、“失礼。”なんて、これからは書いちゃダメだよ!
江戸時代、明治時代、大正時代。許されるのはここまでですよ!

国際化の波にすっかり飲み込まれている現在の日本で
出だしから、“失礼”なんて書いてしまたら、
“小額2年生”のえっけん君と同じ知能レベルになってしまうよ!

“日本しか知らない井の中の蛙”ブリを丸出しして見せちゃダメだよ!

マクベス君、キミはまだ社会人として目覚めていないようだね。
精神年齢がえっけん君とあまり変わりがないよ!

だから次のような滑稽なことを書いている!

>文章を咀嚼して察するに、寂しいんですね。貴方は。

マクベス君、キミは相当オツムが弱いね。
。。。というかオツムガ足りないよ。

ちっとも僕の文章を咀嚼していないじゃないか!

まったく批判の仕方を知らないじゃないか!!

>寂しいんですね。貴方は。

どこがどのように寂しいのか?まったく書いてないじゃないか?
根拠がどこにも書いてないじゃないか?

それでは、“小額2年生”のえっけん君とまったく変わりがないじゃないか!
つまり、“オマエの母さんデーべソぉ~”と言っているのとまったく変わらないということですよ!

だから僕は思ったわけですよ。
マクベス君は、2ちゃんねるしか知らないんじゃないだろうかとね。。。。
へへへへ。。。。


>個人叩きと、自己発信は必ずしも矛盾しません。
>どちらも個が形成する思想ですし、
>他者を屈服させる事に愉悦を感じるのもまた、ごく平凡な事です。
>それ故、酷く滑稽に映ってしまいます。

世界のネット市民の皆様に滑稽に映っているのは、
これまでマクベス君も読んできて充分に分かっているだろうけれど、

“失礼と出だしから書くマクベス君”

君自身なんだよ!

>他者を幼稚と哄笑する貴方の幼稚さが。
>いや、幼稚さとは少し違うか。どちらかといえば、

幼稚なのはマクベス君!君自身ですよ!

>懐古主義に囚われた哀れな所が
>と言った方が正しいのかもしれないですね。

その哀れなのが、畳の上で手足をばたつかせて僕を批判していると思い込んでいる、
幼稚で愚かなマクベス君なんですよ!
キミこそが懐古主義にとらわれた、前近代的な人間なんですよ!

“失礼と出だしから書くマクベス君”

これがその証拠ですよ!

出だしから“失礼”と書く馬鹿はいませんよ!

>残念な事に、貴方の様な方が、今この日本に溢れ却っています。
>貴方の言う狂った日本は、貴方自身です。

まったく根拠を示していない!!!!
マクベス君、分かるでしょう?

このように言う事は

“オマエの母さんデーべソぉ~”と言うのと全く変わりがないんですよ!
根拠がない! 根拠を示していないんですよ!

その根拠とは。。。。?

“失礼と出だしから書くマクベス君”

このようなことを“愚かなマクベス君”の愚かな事の根拠と言うんですよ!

>そして貴方が書いた文章の数々は、
>何一つ発信されていません。 自虐行為そのものです。

マクベス君よ! 自分で自分の愚かさを晒しているのは君自身なんだよ!

>前を見ましょう。
>今のこのブログからは何も生まれません。

生まれていますよ!

キミがまた僕のブログに飛び込んできて、
反面教師としてこのように活躍しているんですよ!

えっけん君の次がキミだというわけですよ!

“失礼と出だしから言うマクベス君”

この愚かなマクベス君のスローガンが検索エンジンに登録されて、
国際人になるには出だしから“失礼”と書かないこと!
この事が国際人のABCとして、
これからますます広まるだろうと思いますよ。うへへへへ。。。。

このような形で、愚かなマクベス君を取り込みながら、
僕のブログが日本に住む“井の中の蛙”を国際化することに貢献するわけですよ。
うひひひひ。。。。。

長いこと書いてしまいました。

ここで、初めて“失礼”と言う言葉を使うんですよ!
もし使いたければね。へへへへ。。。。
出だしで使っちゃダメだよ!

そういうわけです。
長々と失礼いたしましたああああああ。。。。うひゃひゃひゃひゃ。。。。

by barclay (デンマン) (2006/03/16 19:31)

この後も、このようなマクベス君とのやり取りが長~♪~く続きます。
しかし、ここで書くと、この記事がやたらに長くなるので関心のある人は次のリンクをクリックして、オリジナルのやり取りを読んでみてくださいね。
『ネチケットを知らない愚か者たち』

なぜ、僕がマクベス君のことを書きたくなったかというと、
僕が7月13日に書いた記事(『どうして国が必要なの?』)を読んでくれたんですよね。
その記事をじっくりと読んでマクベス君は感激してくれたんです。うへへへへ。。。。
感動してくれたんですよ。
賛同してくれて、同意してくれたのです。
けれども、マクベス君の心が捻じ曲がっているので、
なかなか自分が間違っていたことを素直に認めることができないんですよね。
(いや~♪~な奴!)

それで、僕の内容に対しては批判ができないものだから、
全く僕の記事の内容とは関係ないことを書いて
相変わらずの“愚かさ”を晒しているんですよ。

“馬鹿は死ななきゃ治らない”

昔の頭のいい人はちゃんとマクベス君のような愚かな男が出現することをしっかりと見据えていたんですよね。
うへへへへ。。。。

中身が重要なんですよね。
その中身に対して批判ができないものだから、
“入れ物”について、どうでもいい事を書いているんですよ。
それが次のコメントです。

国際人を語る前に、最低限な礼儀や人間性を
身につけたほうがよろしいのではないでしょうか。
このままでは、2ちゃんねると大して変わらない印象を受けることとなります。

また、人に読ませる文章を書くということを、もっと意識されたほうがいいと思います。
やはり、井の中の蛙のような印象を逆に与えてしまうこととなるので。

by MacBeth (2006/07/13 23:11)

僕は、礼によって、さっそく次のような長い返信を書きました。

マクベス君、久しぶりじゃないかああああ~~~
もう僕の前から永久に姿を消したのかと思っていたよ!
もしかして、交通事故にでもあって死んでしまったのかと思っていたよ。
また舞い戻ってきてくれたのかね?
うへへへへ。。。。
うれしいいねえええええ~~



でも、マクベス君は相変わらず人間的に成長していないなあああああ~~~

以前よりも、程度が落ちている印象を与えるぜ。
もう少し人間的に成長しないと駄目じゃないかああああ~~
寅さんだって、きっと草葉の陰で心配していると思うよ。うへへへへへ。。。。

第一、マクベス君、
キミは“礼儀”と言う意味を
君の辞書の定義だけしか
知らないところに
君の問題があるんだよ。
分かってる?

だから、僕に向かって
“井の中の蛙のような印象を
逆に与えてしまう”と言う
全く的外れなことを書いてしまう。

つまり、マクベス君はアレだけ
死ぬほど恥ずかしい思いをして
僕の前から姿を消したと言うのに、
また死ぬほど恥ずかしい思いを君はしなければならない。
うひひひひ。。。。

なぜか?
マクベス君、キミは相変わらず次の格言の意味を理解していないよ!

『敵を知り己を知れば百戦危うからず』

マクベス君よ、キミは愚かなEdwardと
底抜けの馬鹿のKarlのことを全く知らない!

実はこの人物は同一人物なんですよ。
精神年齢はマクベス君とあまり変わらない。
つまり、中学3年生程度ですよ。
うひひひひひ。。。。

しかし、英語はマクベス君よりも良く知っている。
コンピューターのこともマクベス君よりも詳しい。

ただ、このヴァィアグラ馬鹿がマクベス君よりも愚かなのは、
無駄なことをやって時間をつぶしていることだよ。
この点に関する限り、マクベス君のほうが程度がいい。

でも、トータル的に見てみると、このヴァィアグラ馬鹿も
マクベス君も50歩100歩と言うところだよ。うへへへへ。。。。

僕がヴァィアグラ馬鹿に書いた返信を読んで
マクベス君は“礼儀”の事を持ち出したようだけれど、
君はヴァィアグラ馬鹿のことを95%知らないんだろう?どうなんだね?

なぜ、僕のヴァィアグラ馬鹿に対する返信が礼儀を欠いているような印象を与えるのか?
マクベス君、キミは知っているのかあああああ?
それには理由があるんだよ!
知らないだろう?

キミは、またうかつにも何も知らずに、
実に愚かで下らないコメントを書いてしまったのだよ!
うひひひひ。。。。

君の辞書の中の“礼儀”と言う言葉の意味を改めてここに書いてくれると僕はうれしいよ。
批判する都合があるからだよ!

そして、なぜ僕がヴァィアグラ馬鹿に対して“礼儀”を示す必要があるのか?
その正当な理由を書いてほしいよ。

ヴァィアグラ馬鹿のことを95%知らずに、下らないコメントを書いてしまった君は、
このことをうまく説明しないと、またマクベス君は死ぬほど恥ずかしい思いをして
僕の前から半年近く姿を消さなければならないかもしれないよ。
うへへへへ。。。。

とにかく、マクベス君が生きていたことを知って僕はうれしいよ。
でも、相変わらず人間的に成長していないキミを見てがっかりしてしまったよ!

それじゃあ、駄目だよ!
お願いだから、もう少し人間的に成長してくださいよね。
せめて、高校3年生ぐらいの知性を持ってほしいと僕は切にお願いします。
また、期待していますよ。
じゃあね。

ところで、フルーツブログのじゅぁきさんが、いつものように、
とても有意義なコメントを書いてくれたんだよ。
Hatena Diaryに書いてくれるマクベス君とは大違いに有意義なコメントを書いてくれるんだよ!
僕はいつも感謝しているんだよ!

マクベス君、キミはおそらく、しがない中小企業の課長程度の役職について、
部下には嫌われ、上司には愚か者扱いされているような人間なんだろうと思うけれど。
もし、これが事実だったら、失礼!
うへへへへ。。。。

キミは性格もあまり良くないし、才能も実力も、
なんとなく乏しいような印象を与えるんだよ。
それにひきかえ、じゅぁきさんは、いつも有意義なコメントを書いてくれるんだよ。
僕は、このじゅぁきさんのコメントからインスピレーションをもらって、明日の記事を書くのだけれど、
君がコメントを書いてくれたことをメールで知らされ、半分期待しながら、
君のコメントを読んだのだけれど、これでは、全く記事を書く上で使い物にはならないよ。

がっかりだよ!

でも、“馬鹿とハサミの使いよう”と言う格言がある。
何とか愚かなマクベス君のコメントを、そのうち記事に生かそうと思うよ。

どうして、このようなことを書いているかと言うと、
じゅぁきさんの書いたコメントに対して僕が返信を書いたんだけれど、
愚かなマクベス君にも読んでほしいと思ってね。

つまり、君のコメントがいかに下らないかということを、
僕はキミのコメントを読む前に、テレパシーで感じていたようだよ。

では、前置きはこのぐらいにして、じゅぁきさんに書いた返信を、
愚かなマクベス君の参考のために、ここに書きますからね。
しっかりと読んで、今後、愚かなコメントはできるだけ書かないようにしてくださいね。

できるならば、じゅぁきさんのようなコメントを書いてくださいね。お願いしますね。

では、長い前置きはこの程度にして、じゅぁきさんに対する返信をコピペします。



じゅぁきさん、ひさしぶりですねぇ~。
。。。と言うより、僕のフルーツブログには、
ここ半年の間に意味のあるコメントはじゅぁきさんのコメントだけですよ!
最近意味のあるコメントをもらうのはフルーツブログとRealogだけですよ。

以前はSO-NETとHatena Diaryでも
意味のあるコメントをもらっていたのですが、
最近では、この2つとも下らないコメントばかりを書く人が増えました。

はっきり言って、僕がこれまでの足掛け4年間、
日本のブログや掲示板を見てきて、
しみじみとすばらしい記事を書いていると感心したのは10人も居ませんよ。

しかし、英語圏のブログや掲示板やホムペを覗くと、
すばらしい記事を書いている人がざらに居ます。
全く、この差には驚きを感じます。
つまり、日本人の個人レベルでの教養が
欧米に比べると極めて低いんですよね。

日本人には優秀な人が居ますよ。
でもその数は欧米と比べると絶対数できわめて少ないですよ。
僕が欧米を見て歩いて感じることは、
日本には圧倒的に“ユニークな自分”を持たない、
使われやすい“働き蜂”がたくさん居るだけに過ぎません。

そういうことが、ブログや掲示板や日記の記事に良く現れていますよ。
2ちゃんねるがいい例ですよね。
あそこで読む値打ちのある記事は5%もないですよ。
下らない2行から5行程度の落書きが90%を占めていますよ。

現在の日本のネットの縮図が
あの2ちゃんねるだと僕は信じることができますよ。
きわめて教養レベルが低いです。
欧米のブログや掲示板やフォーラムを読んで日本のサイトを見ると、
まるで幼稚園のロンパールームにやって来たのじゃないかと呆れるほどですよ。

。。。と、ここまでは久しぶりに愚痴っぽいことを書いてしまいましたが、
これでも日本のネット文化を批判しているつもりですよ。
うへへへへ。。。。

ところで、いつものことですが、じゅぁきさんの意味のあるコメントをもらって、
またインスピレーションが湧きましたよ。
早速、明日の記事(『国が必要だと思いますか?』)にじゅぁきさんのコメントを使わせてもらいますね。
ありがとう。
この続きは明日の記事を読んでくださいね。
じゃあね。


by barclay (デンマン) (2006/07/14 20:10)

『ネチケットを知らない愚か者たち』のコメント欄より


でもね、何と言っても、僕は親愛なる愚か者のマクベス君に対して感謝していますよ。
ありがたいですよね。
僕の記事を読んでくれて、とにかくコメントを書いてくれました。
僕がこうして記事を書いているのは、
マクベス君のような人が“社会自我”に目覚めて
“国際人”になって、
病んでいる日本を良くしなければいけない。。。。

そういう気持ちを持って欲しいからです。
マクベス君は心が素直でないので、
自分が間違っていた事を書けないのですが、
僕は、マクベス君の心を読むことができます。

マクベス君の稚拙な文章の中にも、そのことが良く現れているんですよ。
だからこそ、僕はマクベス君がコメントを書いてくれたことに対して感謝の念でいっぱいなんですよ。
うへへへへ。。。。
(でも、マジだよ!)

マクベス君よりも程度の悪い奴が現在の日本にはたくさん居ます。
年金をごまかす政治家は、マクベス君よりももっと程度が悪いですよ。

マクベス君が、仮にですよ、政治家になったとしても、
年金をごまかすよな事はしません。
なぜなら、それだけの悪意もない変わりに、
それだけの度胸もありませんからね。うへへへへ。。。。

いまだに、URLが書けません!!
つまり、ブログもホムペも持っていないのかもしれません。

要するに、まだ“社会自我”が目覚めていないんですよね。
子供のまま大人になってしまった人物です。

でも、やはり僕にとってマクベス君は
親愛なる一読者です。
こうして、マクベス君のおかげで記事が書けました。
これを読んでくれたあなたも、この記事を読んで、きっと何かを感じてくれたと思います。

あなたも、愚かなマクベス君のような素直でない人間にはならないように気をつけてくださいね。
僕も気をつけますよ。

じゃあ、今日も楽しくネットサーフィンしましょうね。

ィ~ハァ~♪~!



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じゃあ、今日も元気良く がんばってね。


乙女の祈りと愚かなラクガキスト [健全な批判精神]

乙女の祈りと愚かなラクガキスト

おととい(7月9日)、僕がSO-NETのブログに書いた記事(『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』)にコメントをもらいました。
もし、あなたが僕のブログの常連ならば分かると思いますが、
他のブログと比べて、僕のブログには極めてコメントの数が少ないのですよね。
なぜか?

なぜなら、これから示す“痛いコメント”ほど僕が熱中して夢中になって厳しい批判をするからです。
これを“誹謗中傷”と受け止めてしまう人が実に多いのですよ。
そのようなわけで、僕に噛み付かれると、もう懲りて2度とコメントを書かない人が多いのです。
しかし、僕は決して誹謗中傷しているわけではないのですよ。

“病んでいる日本”を少しでも良くしたいと思う“自国愛”があるからこそ、
僕は“病んでいる日本”に住んでいる“病んでいる未熟者”に対して
寅さんのような優しい心を持って批判しているつもりなんですよ。
うへへへへ。。。。(でも、マジだよォ~!)

前置きはこのぐらいにして、その病んでいる未熟者が書いてくれたコメントを次に示します。

愚痴ばっかですねここ
不満を他人に押し付けても何も変わらないでしょう
一番腹を立てているのがあなた自身だとは記事の多さを見れば分かります

でもね、自国嫌悪は他人を悪く言ったところで何も変わりませんよ
あなたのような人は腐るほどいます
似た例で言えば都会に出てきた地方の人が
故郷の人へ威張っているようなものでしょうか。

みな自分の顔の醜さを呪う代わりに良く似た親兄弟を呪って自分を忘れたつもりになっているだけなんです
鏡の前の自分に同じ事を言える人でなければこの国は良くはなりません

しかしあなたは海外に移住している身なのでしょう
にもかかわらず心は未だに日本から自立できていないのですか?
きっと現地の人とのコミュニケーションが上手く行っていないのでしょう

友達や悩みを打ち明ける人がいれば
わざわざ遠く離れた故郷の人へ向けてこんなブログを作ることはないでしょうからね。

by きくま (2006-07-09 16:00)

この極めて人間的に未熟なラクガキストがいかに愚か者か?。。。と言うことをここでじっくりと批判しようと思います。
まず、この愚か者がコメントを書いてくれた僕の記事の要点をここに書き出したいと思います。

なぜこのようなことを書く気になったのか?
それは、僕とクラシックの関係を象徴しているように思えたからです。
それを敷衍(ふえん)すれば、クラシックと民謡の関係もうまく説明できるのではないのか?

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。
しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。


ここで僕は、上の太田さんの言葉をもう一度噛み締めてみたのです。

僕は6月13に日に書いた記事(『ん? クラシック興味ある?』)の中で次のように述べました。

“たかが音楽、されど音楽、
 それ以上でも以下でもない。”


。。。だと、僕も思いますね。
音楽は人生でもない。
人生は音楽でもない。
されど音楽、それ以上でも以下でもない。



ここで、もう一度恵美子さんに登場してもらいますが、
僕は、クラシックが何たるものか?と分からないうちに恵美子さんが演奏した“乙女の祈り”を聴いて感動したんです。
もちろん、可愛いと思っていた恵美子さんが弾いたから、中学生の僕は、なおいっそう感動したのです。

僕がピアノを独習で習い始めたのは、この経験があったからで、それがクラシックであったからではないのです。
いづれにしても、一つの曲がある人物によって演奏された事で僕に感動を引き起こした。
その感動が、僕をピアノに近づけさせた。
恵美子さんに会いたいからピアノを弾き始めたわけじゃない。
なぜなら、恵美子さんに会ったのはあの時が初めで最後。
僕の演奏を聴いてもらった事で僕の“片思い”は完結したのです。
でも、それからも、僕は時々“乙女の祈り”を弾いたものでした。

あの感動を自分のものにしたいから。。。

しかし、今の僕はすっかり忘れていて、この曲を弾く事さえできないんですよね。
あれだけハマッた“乙女の祈り”だったのに。。。

つまり僕にとって。。。
音楽は人生でもない。
人生は音楽でもない。
されど音楽、それ以上でも以下でもない。

現在、“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのですよ。懐かしいとは思いますが。。。
しかし、“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられます。

『ん? クラシック興味ある?』より


あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、
“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
なぜなのか?
“昔の民衆の創造性”とは、具体的にどのようなものなのか?

その答えを見出すために、僕は“津軽じょんがら節”の成り立ちを遡(さかのぼ)って行ったのです。

津軽じょんがら節は津軽民謡の代名詞のようなものですが、
元は新潟・十日町市の「新保広大寺」という唄だと言われています。

これは広大寺の和尚・白岩亮端の時代に起きた農地の耕作権をめぐる土地争いが原因で、 広大寺の和尚を追い出すために歌った「悪口唄」でした。
それが越後で大流行し、やがて越後瞽女(ごぜ)のレパートリーとなります。
これが全国に流行するのですが、それが津軽化したものが「じょんがら節」です。

津軽でも民衆の心に長く記憶される事件が起こりました。
慶長2(1597)年、南津軽郡浅瀬石城主・千徳政氏が、大浦為信に滅ぼされたのです。
しかし、政氏の死後も為信は追討をやめず、ついに政氏の墓まで暴こうとします。



その戦いで炎上した千徳氏の菩提寺・神宗寺の僧・常椽(じょうえん)は、
それを抗議する意味をこめて本尊を背負って、
上川原に身を投げたと言います。すさまじい話なんですよね。
こうした悲劇を歌った口説節が、じょんがら節であると言います。

つまり、民衆の中から沸き起こった歌なんですよね。
11代にわたって津軽の東の山根に繁栄した千徳家が滅亡。
落城とともに神社・仏閣がすべて焼き払われる。

この時千徳家代々の菩提寺である神宗寺に奉仕していた常椽和尚が、
先祖代々の位牌を背負って逃げた。
ところが、捕らえられそうになったので
白岩の断崖から浅瀬石川(上川原)に身を投じて一生を終えたのです。

年を経た夏に、川原で遊んでいた子供達が常椽和尚の変わり果てた遺体を砂の中にみつけ、 村人が相談して墓をつくり、ねんごろに弔ったと言われています。
その後、その場所を常椽川原(じょうえんがわら)と呼ぶようになったそうです。
それから毎年、お盆には常椽川原に集まり供養をし、
代々の城主をはじめ先祖の霊を慰め、
常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだと言われています。

常椽川原もいつしか上川原(じょうがわら)となり、更には「じょんがら」と言われるようになったわけです。

つまり、“民衆の創造性”から生まれた唄というものは、
もともとのクラシックのようにorder-madeではなかったのですよね。
民衆の中から沸き起こった歌。
血と汗と涙。。。
そのような苦労の中で民衆の口により歌い継がれて現在の我々にまで知られるようになった。

現在の僕が、あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、
“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
それは、やはり、この唄が血と汗と涙の中で民衆によって受け継がれてきたからではないのか?

芸能プロダクションがミーハーの歌手を育てて広めたわけでもない。
そうやって金儲けをするために歌われてきたわけではない。
テレビやラジオで宣伝して広めたわけでもない。
演奏会や、音楽会を開いて広めたわけでもない。
紅白歌合戦があったわけでもない。
レコード会社が儲かるからと言ってレコードに録音したわけでもない。

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。
しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。
この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えない、という気持ちである。


つまり、太田さんが言うところのこの汚染されきった世界こそ、
すぐ上に書いた芸能プロダクションであり、
テレビやラジオの功利主義であり、
演奏会や音楽会の商業主義であり、
紅白歌合戦と言う馬鹿騒ぎであり、
レコード会社の儲け主義ではないだろうか?

僕が“津軽じょんがら節”を聴いて魂をゆさぶられるのは、
“民衆の創造性”に僕の心の琴線が触れたからだと僕は信じています。

本尊を背負って、上川原に身を投げた常椽(じょうえん)和尚の無念な気持ち。
その和尚に同情を寄せる村人たち。
その中で和尚を悼(いた)み偲ぶ唄が生まれ、その悲劇と共に民衆に歌い継がれてゆく。
僕は、このような悲劇のことは何も知らない。
しかし、その悲劇性と、農民の気持ちが、この歌の響きの中に、旋律の中に込められている。
そして、その唄が津軽三味線で奏(かな)でられるとき、僕の魂をゆさぶる。

そういうことだと思うのですが。。。
あなたはどう思いますか?

『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』より

愚か者の“きくま”は僕のブログの記事の多さだけに圧倒されて、記事をよく読んでいないのですよね。
僕のどの記事を読んでも分かりますが、僕は“愚痴”など書いていませんよ。
ブログでは、愚痴など書くな!。。。と言っているほどですよ。

『ブロガーの条件とは。。。。?』
上の記事の中で“小額2年生”のえっけん君がブログに“愚痴”を書いているのを批判して
僕ははっきりとブログは愚痴を書くことが目的ではないこと、
もし愚痴を書きたいのなら、一人だけで読むような日記帳につけるべきだと言うことを書いているんですよ。

その僕が“愚痴”を書いているわけがない。
つまり、上の記事でさえ、愚かで未熟な“きくま”は良く読んでおらず、まったく理解していない!
だから、トンチンカンなコメントを書いてしまう!
自分で“病んでいる自分”を曝(さら)け出してしまっている! 
そのことに、愚か者の“きくま”は全く気づいてもいない!

まったく愚かで未熟者だとしか言いようがないのですよ。
そういうわけで、初めて“きくま”の書いたコメントを読んだ時に、
僕は次のような返信を書いたわけです。

きくまよ!
オマエはよほどの愚か者だね?
これまで僕とまともにコメントをやり取りした人は、すべてブログのURLか
ホムペのURLを書いているんだよ!
ところがオマエにはURLが書けない!
なぜか?

しっかりとした自分の意見を持ってないからだよ!
責任を持って正々堂々と僕とコメントを交わすことができない!
初めから、自分の意見に自信が持てないので、書けないんだよなァ~。
初めから逃げ腰じゃないか!
オマエ、へっぴり腰だよ!
みっともないよ!
しっかりとURLを書くんだよ!
小学3年生の正義君だってURLを書いてくれたんだよ!
ところが、きくまよ!いい年したオマエには書けない!
恥ずかしくないのか?

オマエは、まともな事を言っているつもりだろうけれど、
読解力が中学1年生なみだよ。
僕の記事もじっくり読まずに、
僕が書いたことを理解できずに
下らない事を書いている!

オマエの書いた稚拙なコメントを10年たってからオマエが読めば、
死ぬほど恥ずかしい思いをするに違いない!
オマエの書いたコメントは、愚かなコメントと言うより他に言いようがないよ!
なぜか?

僕のこれまでの記事を読んでいないじゃないか!
“敵を知り己を知れば百戦危うからず”
愚かなきくまよ!
オマエは自分のことも良くわかっていないばかりか
僕のこともほとんど理解していない。
そんなことで批判が書けるわけがないんだよ!
批判する姿勢も態度もできてないじゃないかァ~!

オマエはそれ程の愚か者だけれど、
僕に対して、まともな批判ができないことが自分で良く分かっている。
だから、URLが書けない!

いい年したオマエのような奴が
中学生並みの読解力しか持たず、
しっかりとした自分の意見も持たず、
駄々をこねて
オマエこそ、ただ愚痴を書いているに過ぎない。

全く批判になってないじゃないか!

きくまよ!
オマエ、まず、自分と言うものを冷静に見つめたらどうなの?
2ちゃんねるで下らない事を書いているミーハーとオマエは全く変わりがないんだよ!
オマエが2ちゃんねるで生まれ育ったような人間だということも実に良く分かるよ!
オマエの稚拙なコメントは、公衆便所の壁に落書きしているのと全く変わりがないからだよ!
覆面しながら、公衆便所の糞と小便にまみれて、
駄々をこねて、URLも書けずに、愚痴を書いているのがオマエ自身なんだよ!

何をほざこうが、オマエにURLが書けないという事がとりもなおさず、
オマエ自身が人間としての未熟な所をさらけ出しているんだよ!
きくまよ!
僕がわざわざ日本向けに書いているのは、
オマエのように未熟なまま成人になってしまった愚か者が
現在の病める日本を放置しているからなんだよ!

つまりね、愚かなオマエのようにURLが書けない!
近代市民の最低条件は“自分”を持つと言うことだよ!
年金をごまかすような駄目な政治家に向かって、
1対1で正々堂々と意見を言える人間になる必要があるよなあああああ!

ところが、きくまよ!
オマエには、まともに正々堂々と意見を交わすだけの気構えがない!
勇気がない!
覆面したまま、こそこそと、しかも全く的外れなことを書きなぐっている!
全くトンチンカンなコメントだけしか書けない!

オマエの文章を読んですぐに分かることは、
オマエがこれまでに全く海外を自分の足で歩いていないということだよ!
自分の目で海外を見ていない!
海外に住んでいるたくさんの人と言葉を交わしたこともない!

愚かなオマエは、自分では国際人のつもりになっているのかもしれないけれど、
オマエの稚拙なコメントを読むと、
まさにオマエが島国根性に凝り固まった井の中の蛙だということが、
オマエの稚拙な短い文章から実によく読み取れる!

きくまよ!
オマエ、少しはハンセ~して味噌汁で顔を洗って出直してきたらどうなの?
今度書くときには、せめて高校1年生レベルに知的程度を上げて、
少なくともURLをしっかりと書いてコメントを書いてくださいね。

愚かなきくまよ!頼むよ!
オマエの愚かな批判にもなっていない文章にまともな反論が書けないよ!
僕にまともな反論を書かせてくれるためにも、きくまよ!
今度書くときには、僕の記事をしっかりと読んで、それからコメントを書いてくれると僕は助かるよ。

こうしてネチケットの基本から
オマエに書かなければならない!
オマエがいい年をした
成人にもかかわらず、
オマエの知的レベルが中学校1年生レベルだというところにオマエの問題がある。

きくまよ!
十分に反省してから、しっかりとURLを書いてコメントを書くんだよ!
いいね。
そうかい、そうかい、
少しは分かってくれたかい。
きっと、寅さんも
喜んでくれていると思うよ。
うへへへへ。。。

僕も、オマエが少しは反省する気になっているのでうれしいよ。
じゃあね。
馬鹿な真似をいつまでも続けているんじゃないよ!
わかったね。
じゃあ、あばよ!

by denman (2006-07-09 20:34)

『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』のコメント欄より

体だけは成人になったけれど、心も精神も、中学校1年生並みの愚かで未熟な“きくま”になぜ僕がこれだけの時間をつぎ込むのか?

それは、僕が提唱している“Grassroots Net Politics”を僕は自分で実践しているからです。
僕は病める日本を良くしたい!
しかし、国会議員になって年金をごまかすようなアホで自分勝手な愚かな議員たちと国政をやるなんて馬鹿なことはとてもできない。
時間の無駄です!

日本を良くすると言った所で一朝一夕にできるわけがない!
僕のできることは、このような愚かで未熟者の“きくま”を相手に、
まともな事を書いているつもりになっている“きくま”が、実は愚かで未熟な人間であること、
島国根性に凝り固まった井の中の蛙であること、そのことを知ってもらうと言うことです。

一人でもいい!
愚かで未熟な人間がそのことに気づいて、少しでも愚かな自分を振り返ってみることができるなら、
“病んでいる日本”は確実に、その一人の愚か者が愚かだと気づいた時点で良くなる方向に向かうからです。

僕もそのようにして未熟な自分に気づいて海外に出て行ったのですよ。

ところが、愚かな“きくま”はまだ自分が愚かだと言うこと、未熟者だと言うことに気づいていない!
その証拠が、上で引用した“きくま”の稚拙な文章です!

10年後に読むなら、間違いなく死ぬほど恥ずかしい思いをするに違いない!
僕は自分が愚か者だと気づき、未熟者だと気づいた時点で、
もっともっと自分を知ろう、世界を知ろう。。。、と30カ国近い放浪の旅に出た!

ところが、もっと愚かで未熟者の“きくま”はどうか?
相変わらず島国根性に凝り固まって、井の中の蛙のままでいる。
僕のたくさんの記事を読んでもいなければ、
この愚か者がコメントを付けた記事さえ理解できていない!

その証拠が、愚かな“きくま”が書いてくれたコメントです。

馬鹿とハサミの使いよう!

うへへへへ。。。。

もちろん、この場合の馬鹿は“きくま”ですよ。

こういう愚か者にならないように、あなたも僕も気をつけることにしましょうね。

人の振り見て我が振り直せ!

うひひひひ。。。

もちろん、悪い見本を示しているのは“きくま”ですよ!
僕ではないですよ!

この記事を読んで、あなたは、僕の“良いところ”ときくまの“悪いところ”をじっくりと考えて、
もし、その気があったらコメントを書いてくださいね。

じゃあね。

ィ~ハァ~♪~!



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■ 『海外で日本の童謡を耳にすると、やはり感動しますよね。 涙がにじんでくるほど感動する“夕焼け小焼けの赤とんぼ。。。”』

■ 『 “夕焼け小焼けの赤とんぼ。。。” と オーストラリアのブリスベンでデザインを勉強しているアミサさん』

■ 『日本を繁栄の道に導いたリンゴの唄』

■ 『リンゴの唄と日本』

■ 『批判とは? 批評とは?』

■ 『音楽のことなら何でも書いて掲示板』

メチャ面白い、ためになる記事

■ 『デンマンのブログを削除した管理人に対する公開抗議文とその面白い顛末』

■ 『 ☆ バークレー(デンマン)を励ますコメントの数々 ☆ 』

■ 『 ☆ バークレー(デンマン)が噛み付いたコメントの数々 ☆ 』

■ 『日本は軍国主義への道を歩んでいるのでしょうか?』

■ 『2ちゃんねるは世界のネットのために貢献できるか?』

■ 『日本のネットではありませんよ! 世界のネットです!』

■ 『日本の皇室はどうあるべきでしょうか?』

■ 『一体、日本は良くなるの?』

■ 『どうして、こうも犯罪が増えている?警察はホントに駄目になったの?』

■ 『日本人に欠けているものは?』

■ 『日本のネットで迷惑を振りまいているウツケ者たち』

■ 『国際化・グローバル化とはあなたにとってどのようなものですか?』

■ 『日本 ☆ 日本人 ☆ 日本社会 ☆ 比較文化論』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

では、今日も一日楽しく愉快に
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愛なき批判は空虚にして、批判なき愛は盲目なり [健全な批判精神]

愛なき批判は空虚にして、
批判なき愛は盲目なり

  

これはかなり血なまぐさい絵ですよね。
実は、この絵は板蓋宮(いたぶきのみや)における蘇我入鹿(そがいるか)の暗殺の場です。

この暗殺によって、現代の日本の“基礎”ができあがった!
。。。と言っても決して言い過ぎではない程の事件なのです。

なぜか?

太刀を振り上げているのが中大兄皇子(後の天智天皇)、
弓を手にしているのが中臣鎌足(後の藤原鎌足)です。

この鎌足こそ藤原不比等の父親なのです。
この不比等は日本史ではもちろんのこと、世界史でも他に例がないほどの“とんでもないこと”をやり遂げた人物なのです。
それは次の系図を見ると実に良く分かります。

この藤原不比等が日本史上で、世界史上でも他に類を見ないような無茶苦茶なことをやったわけです。
男で皇位を継ぐ人が天武天皇の息子の中に居たにもかかわらず、不比等は女帝を立てて天智天皇との関わりを温存したのです。

系図の中の番号は継承順を示すものです。
持統天皇から孫の文武天皇に皇位が移っています。
まあ、それはいいとしても、文武天皇が若くして亡くなると、
今度は文武の母親の元明女帝に移っているわけです。
これなどは、無茶苦茶ですよね。
後継者にふさわしい男が居ないのならともかく、天武天皇の息子たちが居るのに、誰が考えても“ごり押し”と思えるような皇位の継承順になっています。

この過程で、不比等は太平洋戦争前の近衛首相や、1993年8月に就任した細川護煕(もりひろ)首相まで続く藤原氏の家系の基礎を築いたわけです。
つまり、この時期は、藤原氏が天皇家を抱き込んで日本を私物化していった歴史に他ならないんですよね。

このような藤原氏の横暴を苦々しく思っていたのが大伴家持です。
“新参者の藤原氏”と比べれば“大伴氏”は名門中の名門だと言っていい。
すでに、氏族としては落ちぶれてはいるけれども過去の栄光のことについては充分に承知している。
大伴氏は、もともとは天皇の親衛隊のような役目を持っていた氏族です。

家持の目から見ても、不比等が天皇家を抱き込んで無茶苦茶なことをやろうとしていたのが見えていたでしょうね。
当然のことですが、日本を“私物化”しようとしている藤原氏に対して良い印象を持っているわけがない。
家持の反骨精神が額田女王や名もない防人の妻の歌を万葉集に載せたと僕は思いますね。

日本を私物化する藤原氏に対する反発。
非情な政治を行った天智天皇政権に対する批判。

大伴家持が万葉集を編纂した本音はこの2つの動機だと僕は思いますね。
詳しいことは次の記事に書きました。読んでください。
『万葉集の中に隠された真実』

実は、藤原家に盾突いた人は大伴家持以外にもたくさん居ます。
ただ、面と向かって盾突くわけには行かない。
何しろ、不比等をはじめ藤原氏は実権を握っている。
そういう訳で、大伴家持がやったように、本音と建前をうまく使い分けながら、藤原氏に反抗しています。

大友家持の他にいったい誰が?

実は名もない役人たちです。
藤原不比等に反抗して『古事記』や『日本書紀』の中に、はっきりとその足跡を残しているのですよ。

両方の史書を藤原不比等【659(斉明5)~720(養老4)】が編集長として目を光らせていたと思います。
名目上の編集長は天武天皇の息子の舎人(とねり)親王です。
しかし彼はむしろ発行人です。
当然のことながら、編集者同士の確執だとか、縄張り意識とか、ファクショナリズムとか、官僚主義だとか、そういった、もろもろのことが関係して、そういうことが史書の内容にまで影響したはずです。
従って,両書をよく読んでゆくと矛盾が、ところどころ顔をのぞかせます。

これは、いわば当然のことです。
先ず何よりも、天武天皇は自分の王朝が正統である事を書いて欲しい。
藤原不比等は、藤原氏が日本古来からの古い氏族であることをこの両書に書き込もうとする。
しかしあまり無茶苦茶なことはできない。
なぜなら当然、編集者の中には、新羅とかかわりのある者、高句麗とかかわりのある者、百済と強い関係がある者、それぞれの思惑を抱えている者が混じっています。

何よりも、不比等が親の七光りで編集長になっていることを、内心、面白く思っていない連中がほとんどでしょう。
この編集者たちは、当然のことながら、当時の知識人、つまり、渡来人や帰化人、またその子孫が多かったはずですから、不比等の生い立ちもよく知っています。
このような状況の中で成り立った史書であれば、当然ながら矛盾する点も出てくるでしょう。

もちろん、わざとこの“矛盾”を書き込んだ人もいるでしょう。
つまり、“真相”が分かるようにと“可笑しなこと”を紛れ込ませておく。
読者がその事に気づいて“真相”に迫ろうとする---僕の考えすぎでしょうか?

でも、これから述べるように、そのような“苦心”がこの両書に込められている、と僕には思えるのです。
要は、そういうことを考慮に入れて読めば、嘘や虚飾を真実からより分けることができるはずです。

『日本書紀』に隠された真実の声

このページに掲げた血なまぐさい事件は日本史上、“乙巳の変(いっしのへん)”と呼ばれています。
現場に居合わせた古人大兄皇子(ふるひとおおえのおうじ)は人に語っています。

「韓人(からひと)、鞍作臣(くらつくりのおみ)を殺しつ。吾が心痛し」

つまり、「韓人が入鹿を殺してしまった。ああ、なんと痛ましいことか」 
しかし、「韓人」とは一体誰をさして言ったのか、ということでこの事件に関する研究者の間では、いろいろな説が出ています。
入鹿を殺したのは、中大兄皇子です。
その計画を立てたのが中臣鎌足。
それに手を貸したのが佐伯連子麻呂と葛城稚犬養連網田です。

ところが、この中には従来の古代史研究者の間で「韓人」と信じられている人は居ません。

「韓人」とは、もちろん韓(から)からやって来た人のことです。
右の地図で見るとおり、紀元前1世紀の朝鮮半島には馬韓・辰韓・弁韓という3つの「韓国」がありました。

これらの国は、国といっても部族連合国家のような連合体です。
大まかに言えば、このうち辰韓と弁韓は紀元前57年に融合して新羅になります。
一方、馬韓は百済になります。

要するに「韓人」とは朝鮮半島の南部からやって来た人をそのように呼んだわけです。
従って、この当時で言えば百済か新羅からやって来た人のことです。

実は、中臣鎌足は百済からやってきたのです。
少なくとも、彼の父親の御食子(みけこ)は、ほぼ間違いなく百済から渡来した人間です。
中臣という姓は日本古来の古い家系のものですが、この御食子は婚姻を通じて中臣の姓を名乗るようになったようです。
藤原不比等は当然自分の祖父が百済からやってきたことを知っています。
しかし、「よそ者」が政権を担当するとなると、いろいろと問題が出てきます。
従って、『古事記』と『日本書紀』の中で、自分たちが日本古来から存在する中臣氏の出身であることを、もうくどい程に何度となく書かせています。

なぜそのようなことが言えるのか?という質問を受けることを考えて、
次のページを用意しました。ぜひ読んでください。
『藤原氏の祖先は朝鮮半島からやってきた』

『日本書紀』のこの個所の執筆者は、藤原不比等の出自を暴(あば)いているわけです。
藤原氏は、元々中臣氏とは縁もゆかりもありません。
神道だけでは、うまく政治をやっては行けないと思った時点で、鎌足はすぐに仏教に転向して、天智天皇に頼んで藤原姓を作ってもらっています。
その後で中臣氏とは袖を分かって自分たちだけの姓にします。
元々百済からやってきて、仏教のほうが肌に合っていますから、これは当然のことです。

この辺の鎌足の身の処し方は、まさに『六韜』の教えを忠実に守って実行しています。
この兵書については次の記事を読んでください。
『マキアベリもビックリ、藤原氏のバイブルとは?』

鎌足の次男である不比等の下で編纂に携わっていた執筆者たちは鎌足・不比等親子の出自はもちろん、彼らのやり方まで、イヤというほど知っていたでしょう。

執筆者たちのほとんどは、表面にはおくびにも出さないけれど、内心、不比等の指示に逆らって、真実をどこかに書き残そうと常に思いをめぐらしていたはずです。
しかし、不比等の目は節穴ではありません。
当然のことながら、このような個所に出くわせば気が付きます。
不比等は執筆者を呼びつけたでしょう。

 「きみ、ここに古人大兄皇子の言葉として『韓人、鞍作臣を殺しつ。吾が心痛し』とあるが、この韓人とは一体誰のことかね?」
 「はっ、それなら佐伯連子麻呂のことですが」
 「彼は韓からやって来たのかね?」
 「イエ、彼本人は韓からではなく、大和で生まれ育ちました。しかし、彼の母方の祖父が新羅からやってきたということです。何か不都合でも?」
 「イヤ、そういうことなら別に異存はないが。しかし、君、古人大兄皇子は、実際、そんなことを言ったのかね?」
 「ハイ、私が先年亡くなった大伴小麻呂の父親から聞きましたところ、はっきりとそう言っておりました。中国の史書を見ると分かるとおり、歴史書を残すことは大切なことだから、古人大兄皇子の言葉としてぜひとも書き残してくださいということで、たってのお願いでした。何か具合の悪いことでも?」
 「イヤ、そういうことなら、そのままでいいだろう」

恐らくこんな会話が、編集長・藤原不比等としらばっくれた、しかし表面上はアホな顔つきをしていても、内心では反抗心の旺盛な執筆者との間で交わされたことでしょう。

執筆者の中にも気骨のある人がいたでしょうから、不比等と張り合って上のような狸とイタチの化かし合いの光景が見られたことでしょうね。
この古人大兄皇子は上の聖徳太子の系譜で見るように、蘇我氏の血を引く皇子です。
蘇我入鹿とは従兄弟です。
また、中大兄皇子とは異母兄弟に当たります。
古人大兄皇子が次期天皇に目されていました。
しかし野望に燃える中大兄皇子のやり方を知っている皇子は、
身の危険を感じて乙巳の変の後、出家して吉野へ去ります。
しかし、中大兄皇子は、それでも安心しなかったようです。
古人大兄皇子は謀反を企てたとされ、645年9月に中大兄皇子の兵によって殺害されます。
これで、蘇我本宗家の血は完全に断たれることになったのです。

古人大兄皇子が実際に「韓人(からひと)、鞍作臣(くらつくりのおみ)を殺しつ。吾が心痛し」と言ったかどうかは疑問です。
野望に燃える中大兄皇子の耳に入ることを考えれば、このような軽率なことを言うとは思えません。
しかし、『日本書紀』の執筆者は無実の罪で殺された古人大兄皇子の口を借りて、真実を書きとめたのでしょう。
「死人に口なし」です。

このようにして『日本書紀』を見てゆくと、執筆者たちの不比等に対する反抗の精神が読み取れます。
中大兄皇子と中臣鎌足にはずいぶんと敵が多かったようですが、父親のやり方を踏襲した不比等にも敵が多かったようです。
中大兄皇子が古人大兄皇子を抹殺した裏には、鎌足が参謀長として控えていました。
この藤原氏のやり方はその後も不比等は言うに及ばず、彼の子孫へと受け継がれてゆきます。

後世、長屋王が無実の罪を着せられて藤原氏によって自殺へ追い込まれますが、このやり方なども、古人大兄皇子が殺害された経緯と本当に良く似ています。

長屋王の変 729(天平元)年

「密かに左道(人を呪う呪法を行なうこと)を学んで国家を傾けようとしている」という密告があり、長屋王は謀反の疑いをかけられたのです。藤原武智麻呂らはただちに王の邸を囲みます。もうこれではどうしようもないと観念した王は妻子と共に自殺したのです。完全に濡れ衣を着せられたものでした。

藤原不比等の息子たちが光明子を聖武天皇の皇后にしたかったのですが、長屋王が邪魔だったのです。それで王を亡き者にしようとしたのが、この事件の真相です。

結果として、藤原四兄弟の政権が確立しました。一方、彼らが画策していた光明子を聖武天皇の皇后にすることにも成功したのです。皇后は、天皇なき後臨時で政務を見たり、女帝として即位することがあり皇族でなければならないというのが古来からの慣例だったのです。

ここで僕は、生前、司馬遼太郎さんが言った事を思い出します。

“作品は作者だけのものと違うんやでぇ~。。。作者が50%で読者が50%。。。そうして出来上がるモンが作品なんやでぇ~”

名言だと思いますねぇ~~。

史書も、言ってみれば作品であることに変わりがありませんよね。
あなたが読者として、どれだけ50%の分を読みつくすか?
それが問題ですよね!

藤原不比等の厳しい監視の目の下で執筆にあたった“不平不満の役人”たちは、全身全霊の力を込めて『古事記』と『日本書紀』の中に“真実”を書き込んだと思います。

だから、あなたも全身全霊の力を込めて。。。あなたの人生経験と、これまで学んできた国文と、日本史と、すべてを噛み砕いた上で理解すべきなのかもねぇ~。

このような“不平不満の役人”たちは、それを期待しながら、1300年後に生まれるだろうあなたに、この当時の波乱に満ちた政治の真相を伝えようと両書を執筆したかも知れませんよ。へへへへ。。。。

では。。。

ィ~ハァ~♪~!



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ブロガーになるには批判ができないとね。。。 [健全な批判精神]

ブロガーになるには
批判ができないとね。。。


 
中国がインターネットの規制を
強化しようとしている!

これは明らかに国際化の波に逆行している動きです。
僕はすでに3月1日の記事(『グローバル馬鹿物語 (続編)』)で書きましたが重要なのでここにまた書きたいと思います。

旧ソ連が崩壊したのはなぜだと思いますか?

ネットが縁の下の力持ちとして活躍したんですよ。

僕やあなたのような世界のネット市民が西側の健全な情報を
情報鎖国を敷いていた旧ソ連に流していたんですよ。
つまり、情報鎖国をするような国というのは民主主義の国ではありえないんですよね。

江戸時代の日本も文字通り鎖国をしていましたから、とても民主主義とは言い難い。
大体、情報鎖国をする。
国民の耳をふさごうとする。
国民の口をふさごうとする。
もし、国民が主役であるならば、このようなことは許されない事ですよね。
あなただって、そう思うでしょう?

政府や権力が、このようなことをしようとすれば、やがては旧ソ連のように崩壊せざるを得ません。
良識あるネット市民はこのようなことを許しませんよ。
良識ある旧ソ連の市民と活動家は、このような西側からのサポートを得て立ち上がったわけですよね。

分かるでしょう?
世界のネット市民には“知る権利”があります!
この知る権利を持つ世界のネット市民の基本的人権が“言論の自由・表現の自由”です。

そして民主主義というものは国民が本当の意味で主役になる社会理念だと思いますね。
つまり、民主主義の社会にあっては、政府や権力が国民の耳をふさぎ、口をふさぐという事は許されないんですよ。
国民が主役なんですから。。。
それが民主主義のはずです。でしょう?

そして、グローバル化した現在の世界では、ネット市民が主役です。
あなたや僕のようなネット市民が主役なんですよ。
そう思いませんか?

多少誤った言論であろうとも、
ちょっと下品な言論であっても、
それは民主主義という名のもとに許されるべきなんですよね。

だから僕は、“小額2年生”のえっけん君が下らない■[今日のぶつぶつ]を書くことも認めています。

えっけん君が自分のことを“陰気で病気でつまらない”と自己紹介しながら、
むだづかい日記”を書いていることを僕は認めています。
http://d.hatena.ne.jp/ekken/
これがえっけん君の日記のURLです。

本来なら、そのようなどうでもいい日記は日記帳に書くか、ネットでなら非公開で書くものですよ。
そういう下らない事をネットで書くえっけん君を、もし僕がヒトラーなら、すぐにガス室に送ってゴキブリのように抹殺してしまうでしょうね。

でも、僕もえっけん君も自由主義、民主主義の世界に住んでいます。
だから、僕は、えっけん君がどんな下らない事を書くことも認めています。
だから、ガス室に送ることもしません。

えっけん君良かったですね。
あのナチスの時代に僕がヒトラーだったら、えっけん君は間違いなくガス室送りになりましたよ。
うへへへへ。。。。

つまり、中国がやろうとしていることは
えっけん君をガス室に送ろうとする事と
変わりがないんですよね!

要するに“中国政府の目”で判断して、例えばですよ、えっけん君の書いている下らない“むだづかい日記”はけしからん!と言うわけですよね。
それで、次のような会話になるんですよ。

「そのような下らない事を書いているえっけん君をガス室に送ろうじゃないか。大臣の皆さん、そうしましょうね。いい考えだと思いませんか?」

「そうしましょう♪。。。そうしましょう♪。。。面白いからそうしましょう~♪~!」

このような話し合いが現在進んでいるという事なんですよね。うへへへへ。。。。

「そうだよ!えっけんをガス室に送ろうよ!」

「ん?。。。でも。。。」

「でも、何だよ?」

「あの、ゴキブリちゃん程度の脳みそしか持っていないえっけん君など、ガス室ではもったいないよ」

「どうしてさあああ。。。?」

「ガスがもったいないよ!うへへへへ。。。。」

「じゃあ、どうするんだい?」

「ゴキブリ、ホイホイがあるじゃん?あれを使おうよォ~♪~!」

うふゃふゃふゃふゃ。。。うへへへへ。。。。うひひひひ。。。。

こういうことで全会一致になってしまうんですよね。へへへへ。。。

そういうわけで、えっけん君が中国に居ると、ゴキブリホイホイで抹殺されてしまうというバ.カなお話ですよ!

ゥヒヒヒヒ。。。

面白いでしょう?でもね、えっけん君の身になって考えたら、絶対に笑えないですよ。

(でも、えっけん君は“小額2年生”だから、あなたと一緒になって笑っていると思いますよ。へへへへ。。。バ.カだからねええぇ。。。。)

とにかく、マジで、毛沢東や周恩来は同じ言論弾圧を昔の中華民国政府から受けたんですよね。
その被害をこうむった毛さんや周さんが作った現在の中国体制のもとで同じような言論統制をやってどうスンだよォ~♪~!

あなただって、可笑しな事だと気付くでしょう?

現在、欧米では中国の言論統制・報道統制に対する批判の声が高まっていますよ。
もちろん、デンマンだって、こうして世界のネット市民の皆様に、“小額2年生”のえっけん君を持ち出して、分かりやすく面白く説明しているわけですよ!へへへへ。。。。。

ホリエモンと同じぐらい有名(悪名高い?)なビル・ゲイツさんも中国の言論統制について次のように言っていますよ。

"I don’t think that a [rule] that said you shouldn’t do business in some place whose standards aren’t identical to the US would work.

Clearly people like ourselves are glad to go along with whatever reasonable things gets laid down.

That’s why its part of the dialogue.

The internet overwhelmingly makes information available.

It is not possible to block information, it is just not.

You can make it so that the average person who just clicks on popular websites, with no extra effort, certain things don’t show up there.

But in terms of actually blocking information… It’s very hard to do blocking … particularly if you put something up that says, we took this thing down, think of the time period between when you put it up and when it comes down and how people can cache that … It’s so night and day versus when newspaper publishers and TV owners were small chokepoints that controlled the distribution of information.

So, I think people have to [understand] what a open tool the internet is."




要するに、何を言っているかと言うと。。。

「ネット上の情報を統制しようとしたって、そんな事は所詮(しょせん)不可能な事なんですよ。 無駄な事なんですよ。
だから、やめたほうがいいんですよ!
インターネットと言うのは世界のネット市民の皆様に開かれた情報ツールなんですよ」

。。。と言う事です!

“Bill Gates on China and internet censorship”より

僕も同感ですよ!

しかし、中国だけを非難するのは片手落ちなんですよね。
日本だって同じような言論統制・報道統制が、実は見えないところで進んでいるんですよ!
ここに書くと長くなるから、関心のある人は僕が書いた次の記事を読んで下さいね。

『表現の自由、言論の自由、報道の自由が脅(おびや)かされている』

なぜ、また僕が同じような事を書くのか?

実は、3月5日にYAHOOのブログで書いた記事(『日本が戦争に巻き込まれる?まさかあああ。。。』)に次のようなコメントをもらったんですよ。

あのさあヤン・デンマンという有名なカラムニストは知ってるけど。
ビルゲイツとホリエモンでは月とスッポン格が違うね、何か勘違いしていない?

2006/3/6(月) 午後 9:16 [ lamerfontene ]

URLがしっかりと記録されているので、人を馬鹿にしているコメントではないんですよね。
僕が時々馬鹿をやるので、その文体に合わせて、ちょっぴりおどけているんでしょうか?
でもね、これは意味のあるコメントになっていません。
もちろん、批判にもなっていません。

僕は翌日このコメントがあることに気付いて、さっそく次のような返信を書きました。
このlamerfonteneの口調に合わせて書いています。へへへ。。。

あのさあ lamerfontene と言うハンドルなを持つ人間を僕は聞いた事も見た事もないよ!
。。。つうことわあ。。もし、有名か無名かと言う事で判断するなら、オマエは人間的に全く無意味な存在と言う事になるよね。へへへ。。。。
僕の言う事が分かるかい?

それからね、月とすっぽんと言う見方も人によって違うんだよ!
オマエのように何の根拠もなく
“月とすっぽん格が違うね、何か勘違いしていない?”
と書くことは全く意味のない事だよ!

どういうところを勘違いしているのか?そこを書くことが批判と言うんだよ!
オマエは“批判する”こと、“コメント書く”ことを何か勘違いしていない?
それじゃあ、全く批判になっていないし、全く意味のあるコメントになっていないよ!

オマエ!批判と言うものがどういうものなのか?
もう一度良く考えてコメントを書き直しておくれよね。
そうしてくれると、ぼくちゃん、すご~くうれしいよう。。。 へへへへ。。。。

オマエのコメント首を長くして待ってるね。
とにかく、コメント書いてくれたことアリガトネ。
オマエが逃げも隠れもしない事が、URLが記録されているので良く分かりますよ。

僕は決してオマエを馬鹿にしていないからね。
言葉は悪いけれど、心は寅さんのように優しいんですよ!
だから、誤解しないようにね。

僕が何を言いたいのか?
そこのことを考えて、返信しておくれ。
もしその気があったら。。。。へへへ。。。。
じゃあね。

2006/3/7(火) 午後 1:24

僕は20以上のブログを毎日更新していますが、YAHOOのブログは“いまいち”と言う印象を持ちますよ。
なぜ?

HTMLのタグが一部しかつかえないんですよね。
スタイルシートはほとんどすべて使えない。
しかもコメントの語数制限がこれまで僕が経験しているうちでは最も少ないんですよ。
全角で250字。半角で500字です。

上の僕の返信は、実は3つに分けて書いたんです。
だから、YAHOOのコメントでは満足に意味のある批判なんて出来ないんですよ。
全角250字ではあまりにも少なすぎます。

批判はどう書くのか?

あなたはこれまでに絵を書いたことがあるでしょう?
小学生の時には「図画」とか「図工」と呼ばれた時間がありましたよね。
時には学校の近くの小川や野原に写生に出かけたことを僕は良く覚えていますよ。
僕は絵を書くことが好きでした。
あなたはどうでしたか?

絵を描いたことなら誰でもあると思いますから、分かりやすいので絵を取り上げて話します。
絵を描いてみると、なかなか思ったように描けないものですよね。
目の前の木や花や石や動物が自分で描きたいように、なかなか描けない。
もう、じれったくなる事があるでしょう。
つまり、自分ではこのように描きたいと思っているのに、思った色がなかなか出てこない。
どうしても、家の形が目の前の家と違っている。
奥行きが表せなかったりして、いい加減イヤになってしまう事もあるでしょう。

つまり、図画用紙に書かれている物は描いている人の頭の中にあるものとは違っている。
もちろん、現実の家や、木や、花とも違っている。

ところで、あなたが友達の描いた絵を見るとき、
上手いとか、へたくそだとか、あなたは言葉で技量を言い表しますよね。
また、描いてある物の意味をさぐろうとします。
馬とか犬が描いてあれば、その馬が生き生きと描いてあるとか、
馬の耳が長すぎるとか、かなり具体的に批評が出来ます。
しかし、その馬とか犬の感情となると、見る人によってだいぶ違ってきますよね。

写生画の場合、批評する事は比較的簡単ですが、
抽象画となると、これはなかなか難しい。
なぜなら、具象的でない絵画を見るとき、
見るという行為は個性と文化的バックグラウンドを通してしか見ることができない。

例えば、ピカソのグロテスクな人物画を見るとき、
スペイン人、アメリカ人、日本人、アメリカインディアンの見方はまず違いますよ。
なぜなら、文化的バックグラウンドが違っているからです。
同じ絵を見ているのに日本人の受け止め方とアメリカ人の受け止め方が違うのは、
あなたにも良く理解できると思います。

つまり、生まれも育ちも全く違う。話す言葉さえ違う。
つまり文化が違うんだから、見方が違っても当然です。
でも、全く同じピカソのグロテスクな人物画を見ているのに、
受け止め方がアメリカ人と日本人では全く違うと言う事を考えてみてください。

これは文化的なバックグラウンドが違うと言う事で理解できます。
では、同じ日本人同士ではどうか?
文化的バックグラウンドはほぼ同じです。あまり大きな違いはありません。
同じ日本語を話します。同じ風土で育ってきています。

でも、あなたと僕がピカソのグロテスクな人物画を見たら、
感想はだいぶ違うと思いますね。
なぜか?
個性が違います。

つまり、全く同じ絵が、見る人によって違ってしまう。
つまり、ピカソの絵を見るとき、個性と文化的バックグラウンドを前提としてしか絵を見ることができません。
あなたの心の中にある印象とか、感想とか批判というのは、絵そのものではありえない!
絵とあなたの頭がベッドインして作った子供みたいなものです。そう思いませんか?

つまり、批判や批評をする時というのは絵の本質は、絵そのものからあなたの頭の中に移動してきますよね。
ピカソはどうしてこのようなグロテスクな人物を描いたのだろうか?
と、あなたは考える。
なんでこんな作品を作ったのだろう?
あなたは、一生懸命にあなたの頭で考える。
あなたの個性と、文化的バックグラウンドを基にして。

じっくり見ながら考えて、あなたはその絵の意味する事をあなたなりに分かったような気がする。
絵の本質に迫った気がしてくる。
でも、あなたは知っているはずです。
描いたのはピカソなんだから、いくら考えたって、ピカソがどのような気持ちで、
どのような目的で描いたか?なんて分かりっこない!
でも、見て考える、という行為は、ちょうど好きな音楽を聴くように、
作者がどのような気持ちで作ろうが、関係ないんですね。
つまり、音楽を聴いて作曲家になったような気分が味わえて
いい気持ちで聞けたらそれで充分満足できる。

つまり、絵の本質も音楽の本質も、見る人聴く人の方に移ってゆく。
それでいいと思うんですね。
でも中には作者、作曲家の本質にこだわる人も居る。
そういう人はどうするのか?
インタビューするわけですよね。
ピカソに尋ねるわけです。

それで「批評」を書く。
こういう人たちの事を「批評家」「評論家」というんでしょうね。
作品の本質を「あちらがわ」、つまり作者の方に求める。

でも「批判」するというのは、つまり、作品を語るということは、
つねに自分のバックグラウンドと自分の個性、自分自身を語るということです。

例えば、ヒトラー総統の前を行進するドイツ軍のパレードを映画で見るとします。
一糸乱れぬ軍隊行進。
制服もパリッとして、なかなかかっこいい!
旧ドイツ軍、凄い!

しかし、現在、自由主義に生きている我われがあんな行進をしたいか?
見るのはいいけれど、やるのはめっそうもない、というのが答えではないですか?
全体主義や旧日本帝国のような軍国主義には戻りたくない。
どうしても窮屈な感じで、あんなロボットのような行進など
やれ、と言われてもやりたくないでしょう。

つまり、あの第三帝国のすばらしさを伝えようとして作ったドイツ軍パレードの映画監督は
テーマを現在の我われには届けることが出来ない。
私たちは、まずそのテーマに到達できない。
そうすることの意味を見出せないかもしれない。
つまり、感想、印象、批判は作った人間とは全く無関係ということを知らざるを得ない。

絵を描いたり、絵を見たり、映画を作ったり、映画を観たりするということは孤独な行為です。
なぜか?
作り手や隣で見ている人と感想を共有できないからです。
突き詰めて言えば、個性や文化的バックグラウンドは一人一人皆違うからです。

でも、その孤独な行為をがまんできず、言語化して他の人と共有しようとする。
それが作者に向いている場合、批判、
観客に向いている場合、批評と呼ばれるわけです。

自分が思ったことが自分だけのものだと無意識的に気づいているので、
他の人と一般化する時に批評という言葉が使われます。
だから、批評家とか評論家と呼ばれる人たちが居ます。

そういうわけで、批判すると言う時、あなたは自分の文化的バックグラウンドと自分の個性、
自分自身を語らなければならない。
そうでない限り批判とは言えない。

この上で示したlamerfonteneの2行のコメントは批判とは言いようがありません。
では、なにか?
公衆便所の落書きです。
公衆便所といって語弊(ごへい)があるなら、“野次馬の冷やかし”ですよ。
まともに批判しようとしていません。

これはどうした事か?
つまり、語るべき文化的バックグラウンドと自分の個性がないのではないか?
あるのなら、そのことが語れないのではないか?
語り方を知らないのではないか?

日本には満足に批判できない人がたくさん居ます。
つまり、自分を語ることが出来ない。
あなたはネットで自分を語ることができますか?

何よりも、自分の考え方をしっかりと持っている人が少ない!
欧米のサイトで18年やってから、日本のサイトで3年ほどですが僕は、そう、しみじみと感じますね。

じゃあ、オマエはどうなのか?
とあなたは僕に尋ねるかもしれない。

僕のブログの記事を見てください。
どれも長い。
なぜか?
僕は自分の文化的バックグラウンドと自分の個性、
自分自身を語っているからですよ。

出来たら、あなたもそうしてください。
2行や3行の文章で
あなたは自分自身を語ることができますか?

上のlamerfonteneが書いた2行のコメントで
批判ができますか?

しかし、lamerfonteneのやろうとした事は僕を批判しようとしているのですよ!
なぜ?
“ビルゲイツとホリエモンでは月とスッポン格が違うね、何か勘違いしていない?”
このように書いているんですよね。

“月とスッポン格が違うね”

どのように格が違うのか?
そこを書くのが批判ですよ!

“何か勘違いしていない?”

何を勘違いしているのか?
そこを書くのが批判ですよ!

それを書いていないので“公衆便所の落書き”で終わってしまっているのです!
“野次馬の冷やかし”で終わってしまっている!

ところで。。。

話はガラッと変わりますが、うへへへへ。。。。
ネットで何をやっても自由です。
ブログで何を書いても自由です。

でもね、いくら自由だとは言え、下らない事ばかり書いていてもしょうがないでしょう?
あなた、そう思いませんか?

ところが、えっけん君と彼の愚かな仲間は相変わらず下らない、どうでもいい事をブログで書いているんですよ。
あの愚かなlstyは僕が書いた面白い愉快な寓話を読んだんですよ。

自分でも“天動説”を信じている愚かさに気付いているんです!
でも、恥ずかしいから僕のブログに反論のコメントが書けないんですよ!
それで、えっけん君のむだづかい日記に次のような愚痴を書いているんですね。

いつまでも、愚かな見本を示しながら、こんな事ばかり書いていたってどうしようもないんだよ!
それが、この愚かな仲間たちには全く分からない!!!哀れです!

2006-02-22-Wed

■[えっけんに関する言及]
「えっけん」でgooブログ検索とか、テクノラティ検索かけたら、
世界の足を引っ張るグローバルなエセカナダ人(キチガイ)のブログがいくつも引っかかって、
見苦しいことこの上ないね。

あー、やだなー、キチガイは。

死.ねばいいのに!

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[コメントを書く]

(中略)

# lsty
http://lsty.seesaa.net/
『知らないうちに僕の記事が書かれてるし。
あれだけダダ長い罵倒の中で、結局書いてあるのが「LSTYっていうHNの読み方が分からない」だけという素晴らしさ。
ああいう人は幸せなんだろうなあ、と思った。』 (2006/02/23 15:17)

『えっけん君のむだづかい日記2月22日のコメント欄』より

えっけん君の文章を読んでみてくださいよ!
とても思慮分別のある社会人が書いたものだとは思えないでしょう?
やっぱり“小額2年生”が書いた文章ですよ!へへへ。。。

誤解しないでくださいね。
僕はえっけん君とlstyを個人的に攻撃しているわけではありません。

僕は “罪を憎んで人を憎まず” を座右の銘にしていますから、
えっけん君とlstyを憎んでいるわけではありません。
ふたりのグローバル馬鹿ぶりを愚かなことだと思っているだけです。

少しは日本を戦争から守るような事を書いたらどうなの?
妄想にふけってないで、デンマンをまともに批判したらどうなの?
僕はそう思いますよ!

それなのに、僕の事を死.ねばいいのに!。。。と書くんですからね。
呆れますよ!
僕は、えっけん君が“死.ねばいいのに!”なんて思ってもいませんよ!
“反面教師”として、大切に保存したいですよ!うへへへへ。。。。

僕はえっけん君とlstyとこの愚かな仲間たちが妄想部屋から抜け出して
“思慮分別のある社会人”に戻ってほしいと熱望しているのです。

でもね、このえっけん君も、この愚かなlstyも、まだ良い方なんですよ。
2ちゃんねるの害毒にすっかり侵されてしまった人物が居ます。
それがDEMPA55です。
いまだにURLを書いていません。
一生書けないでしょう。うヒヒヒヒ。。。。

正々堂々と僕を批判することができません。

DEMPA55は愚かにも日本国の首相の小泉純一郎さんの名前を使って
僕にコメントを書くような恥知らずです。
日本の恥さらしですよ!
ゴキブリより劣る人間のクズです!
なぜなら、ゴキブリちゃんは僕に対して悪意を持っていませんが、へへへ。。。
このDEMPA55は悪意だけしか持っていません。
実に嫌な奴ですよ。

この人物についてはページを改(あらた)めて書きたいと思います。

僕は、既に言ったようにライフワークとしてこのブログを書いています。

僕が消滅しても、僕のブログは永遠です。。。不滅です。。。
(昔、巨人軍は不滅です、。。。と言った人が居ましたよね。。。
【同じ事を16度書いてくどいけど。。。。ホントにくどいよねぇ~~へへへ。。。】
でも、最近の巨人はさえないですよね。
僕のブログも、そうならないようにがんばります。
よろしくね。。。)

じゃあ、今日も楽しくネットサーフィンしましょうね。

ィ~ハァ~♪~!



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口先だけの批判は最も慎むべきですね。 [健全な批判精神]

口先だけの文句は最も慎むべきですね。
ひとたび批判めいた事を言う時には、
覚悟して当たるべきですよ!

携帯はショート限定です。
ちまちま打つのも勿論面倒なので。

そうでしょうね。
そうならざるを得ませんよね。
携帯があれだけ日本ではやるのは、現在の日本人のライフスタイルを反映しているのだと僕は見ていますよ。

とにかく、日本での携帯の普及率はすごいものがあります。
僕は本当にビックリしましたよ!
『一億玉砕』というあの精神がよみがえったような気さえします。
つまり、日本人は右向け右をすると、誰もが右向け右をするようなそんな風潮があります。
海外で生活してみると、このことが本当に良く分かります。

僕はカナダではテレビを持っていません。
僕が驚いたのは、家庭教育の方針でテレビを持っていない家が僕の知り合いのバンクーバーの家庭には実に多かったと言う事実です。
これはカルチャーショックでしたね。

つまり、「個性を大切にする」ということにつながるのだと思います。
「自分を大切にする」ということに置き換えられるかと思います。
日本でテレビを置いてない家庭が一体何軒あるか?

テレビが悪いと言ってるんじゃないんですよ。
「個性」「自分」を持ってない「家庭」が多いと言っているんです。
このような家庭教育から、独創的で表現豊かな人間が育ちっこないんですよ。
日本文化の将来が心配になりますよ!
ナウい源氏物語はこれから生まれてきますかね?

サイコパスの小説は構成を考えて箇条書きにしてる段階です。

箇条書きの「サイコ」を読むのはつまらなさそうですね。
でも、直美さんが書く前から、そんな事を言っても仕方がないので、あなたがどのような取り組み方をするのか期待していますよ。
書きあがったら、一読者として辛らつな批評を書いてみたいと思います。
イジメではありませんよ!
ぼくの人生をかけて批判を試みてみますよ!
箇条書きのサイコなんて信じられませんからね。へへへへ。。。

書評は、表現力のためです。
言葉を拾い、解釈する力をつける。

書評を書かなくても、良い作品をたくさん読めばけっこう表現力は付きますよ。
もちろん、書かなければなりませんが、それが書評である必要はないですね。
自分の作品を書いた方がもっと表現力が付きますよ。これは僕の経験です。

自分の書いた言葉が理解できないようじゃ
小説書いても響かないですよ。

小説は、もちろん言葉を使って書きますがね。
しかし、良い作品は作者の人生そのものですよ!
いくら言葉を理解し、すばらしい言葉を並べても、作者の人柄と人生観と世界観と、つまり、「ユニークな個性」「しっかりした自分」がない限り、結局つまらなくなりますね。
でしょう?

自分の書いた言葉が理解できないようじゃ
小説書いても響かないですよ。
つまらない。
本に限らず。
文句云うのは構いませんが。

いや、口先だけの文句は最も慎むべきですね。
ひとたび批判めいた事を言う時には、人間、覚悟して当たるべきですよ!

ニューヨークのブルックリンで暮らせばこのことは良く分かります。
下らない事をつい言ったばかりに、拳銃をぶっ放されて殺された人を僕は目の前にしましたからね。
こうして書いていても、僕は「命を懸けて」居るつもりですよ。
無責任なことは決して書けません。
キチガイに出会ったら、僕は殺されますからね。へへへへ。。。。
マジでキチガイじみた事を書いてしまいました。
(でも、真実を込めたつもりです。)

とにかく頑張って書いてね。
応援していますよ。
僕も一生懸命書きますよ。
文字通りにね。
(*^_^*)キャハハハ。。。

僕の書いた作品を読みたい人は次のリンクをクリックしてください。

『ラピスラズリと美女アメニア (クレタ島)』

あなたが絶対、
見たいと思っていた
面白くて実にためになるリンク

■ 『笑いが止まらない、お笑い掲示板』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

■ 『笑って楽しめる 私版・対訳 慣用句・熟語辞典』

■ 『辞書にのってない英語スラング』

■ 『オンライン自動翻訳利用法』


 


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