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ラピスラズリと美女アメニア [西洋史・オリエント史]

ラピスラズリと美女アメニア


これからお話しする「ラピスラズリ と 美女アメニア」と言う物語は実は僕が英語で書いた“Erotica Odyssey”という歴史エロチカ大ロマンの第1章です。
この物語は全部で21章からなっており、初版は1000ページを越す膨大なものになりました。
現在の版は贅肉を削(そ)いでかなり身軽にしたものです。次に示すようにBook1とBook2に分かれています。
それぞれのリンクをクリックすると、簡単な紹介記事を読むことが出来ます。

『ブック ONE』

『ブック TWO』

まだ日本語に翻訳していません。つまり英語で考えて英語で書いたのです。
自分で書いたものでも日本語に訳すのってしんどいです。日本語の下書きというものを全く用意しませんでしたから。
僕はもう人生の半分以上を海外で暮らしています。でも、同時通訳的に訳すことは出来ません。
あれは、長く外国に住んだからといって、誰にでも身に付く能力ではないですね。少なくとも、僕には出来ません。
そう言うわけで訳すのは面倒なんですよね。だから、日本語は日本語で考えて書くし、英語は英語で考えて書きます。

どうして、僕が第1章を日本語で書こうと思いたったかというと、たまたまCOMMIT4Uというソーシャル・コミュニティでオーストラリアのブリスベンに住むアミサさんという女性とメールを交わすようになったんです。

彼女はデザインを勉強している日本人の大学生です。そのメールの中でラピスラズリが話題になったことがそもそも“ラピスラズリとラピスラズリ・ロード”を書くきっかけになったのです。

でも、そのページではこの第1章に触れることはほとんどありませんでした。
いわばこの第1章のバックグラウンドになる事を書いただけだったのです。
本当に面白いことが残されてしまったのです。そのようなわけで、このページを第2部として“ラピスラズリとラピスラズリ・ロード”の続きという形で書こうと思い立ったわけです。

ところで「袖擦れ合うも他生の縁」という古言がありますが、時々僕は不思議な縁を感じることがあります。
これまでの人生で、このような不思議な縁を感じたことがたびたびありましたから、今回のアミサさんに感じた縁がとりわけ不思議だというほどのものではないのですが、ユニークであることには変わりがありません。

では、何が一番ユニークかといえば、アミサ(Amisa)さんの、このハンドル名と僕の物語の中に出てくるヒロインの名前(Amenia)が良く似ているということなんですね。もちろん、アミサさんは僕の小説など読んでいないし、僕だってこれまでにアミサさんと会ったこともないのです。
Amisaは5文字。Ameniaは6文字です。アミサのSを除いてすべての文字がAmeniaに含まれているのです。

次にユニークなものは何か?
それは僕がたまたま書いた記事『なぜ厩戸王子なの?』の中で次のように「四騎獅子狩り文錦」を引用していたのです。



この夢殿に伝来された四騎獅子狩り文錦の図柄は、ササン朝ペルシャ(226~651)で大流行したデザインです。
シルクロードを経て中国に伝搬し、大和朝廷にも伝わりました。奈良時代の金属器や染織品の文様につかわれています。

これまで見てきたように、太子を取り巻く人間模様というのも、上に見る四騎獅子狩り文錦の図柄のように、そばによって、じっくり見ないと、何がなんだか分からないような、複雑怪奇な様相を呈しています。

この記事を僕のブログにも書いたのですが、それに対してアミサさんが次のようなコメントを書いてくれたのです。

date: 2005/06/02 09:41:27
name: ☆アミサ★

ところで獅子狩文錦のデザインって私好きです。
あの柄の袱紗持ってるんですよーすごく綺麗です☆
-----------------------------------------------
date: 2005/06/02 16:22:12
name: ロブソン

あの柄の袱紗持ってるんですか?
僕も是非みたいですねぇ~~。
すごく綺麗だったら、是非みたいですよ。
デジカメで撮ってアップしてくれると、
僕は随喜の涙を流して喜んでしまうかも知れませんよ。
(^Д^)ギャハハハハ。。。。

上の写真はかなり色がくすんでいるんですよね。残念です。惜しいです。
時間がたっているから仕方が無いですけどねぇ。
僕のイメージとしては、瑠璃色をふんだんに使った図柄がペルシャにふさわしいような気がしているんですよ。
そんな袱紗を夢想しています。。。。

アミサさんが付けてくれたコメントに返信を書いてから、僕はこの記事のことは忘れていました。
1週間ぐらいしてから、ブログのプロバイダーからメール着信の知らせを受け取りました。
誰かが僕にメールを書いたという知らせです。ボックスを開いてみるとアミサさんからでした。

件名 こんにちは~
ネーム ☆アミサ★
日付 2005/06/12 05:57

覚えていますでしょーか?アミサです!
今から私の獅子狩り文錦柄の袱紗の写真を
載せますv模様自体はあの四の獅子がいるあれよりも
シンプルで簡単なものですけど、おきにいりです☆
------------------------------------------------
件名 RE:こんにちは~
ネーム ロブソン
日付 2005/06/12 06:34

もちろん、よ~~~く覚えていますよ!
そうですか。。。獅子狩り文錦柄の袱紗の写真をアップしますか。。。
期待していますよ。
見させてもらいますね。

というわけで、アミサさんがアップロードした写真が次に示すものです。
彼女のサイトに直リンクして表示しました。

デザインを勉強しているアミサさんだからこそ、獅子狩り文錦に関心を寄せ、その図柄の袱紗を買ったのでしょう。
僕はなぜこの獅子狩り文錦に興味を持ったかというと、獅子狩り文錦が遠くペルシャからシルクロードを通って古都・飛鳥に伝わってきたというロマンです。

ラピスラズリも同様にシルクロードを反対方向に伝わってバダフシャンからメソポタミアに伝わったのです。
その当時は“シルク・ロード”ではなく、むしろ“ラピスラズリ・ロード”だったわけです。

紀元前2500年頃、チグリス・ユーフラテス河のデルタ地帯に存在したシュメール人の古代都市国家ウル(現在はイラク)では、このラピスラズリがネックレス用に加工されました。プアビ女王の墓からラピスラズリのネックレスが出土しています。

またラピスラズリはメソポタミアからカナンに伝わり、フェニキア人によってクレタ島にももたらされたのでした。
ここでは、同じようなネックレスがクレタ島の“パリジャンヌ”の胸元を飾ったことでしょう。

下の写真に見るとおり、今から4000年前のクレタ島の女性はクレタ文明を発掘した考古学者アーサー・エヴァンズがフラスコ画に描かれていた彼女たちを見て、思わず“可愛いパリジャンヌ”と叫んだというエピソードが伝わっているように、4000年前とは思えないほど現代的なセンスを持っています。
僕がクレタ文明にロマンを感じるのはそのようなことも手伝っています。

この3人のクレタ女性はお祭りでなにやら愉快に話しをしています。
当時上流社会で流行していた胸を見せる短い胴着(bolero)を身に着けています。
当時も細いウエストが好まれたそうです。

というわけで、“Erotica Odyssey”は、この“パリジャンヌ”の一人がヒロインとして登場します。彼女の名がアメニアです。
随分長い前置きになりましたが、このようなわけで、もう一度歴史エロチカ大ロマンを日本語で味わってみようと思い立って書き始めました。
そのきっかけを与えてくれたのがアミサさんだったというわけです。


ついでですから、ここでもう一つのユニークさを披露しましょう。それは、アミサさんが住んでいるBrisbaneのことです。
この町のことは実はジューンさんから聞いていました。彼女は小学生の頃、3年ほどこの町に住んでいたことがあるそうです。それで、僕にはこの町の名前の響きがなんとなく馴染みがあったわけです。

ブリスベンと言うのはクイーズランド(Queensland)の港町です。この名前はSouth Wales州のガバナーだった人の名前にちなんで付けられたようです。
僕の書いた小説の題名(Erotica Odyssey)からも分かるように、この話はOdysseusにまつわる話です。
Odysseusといえば、トロイ戦争とは切っても切れない関係がありますよね。そういうわけで、僕には古代オリエントの響きとして聞こえてくるのです。
僕がこの町の名前から夢想するのは、あの古代オリエントのトロイ戦争です。

なぜか?

Briseisという女性が居ました。この女性の名前がBrisbaneに似ているわけです。ブリーセイスと日本語では呼ばれているようですね。
この戦争で捕虜になった女性です。アキレス(Achilles)が貰い受けた女性なんですよね。クリセイス(Chryseis)との交換でアガメムノン(Agamemnon)がまず獲得し、アキレスは親友パトロクラス(Patroclus)の死で戦いを終らせた後、譲り受けたようです。

Baneというのは、致命傷とか破滅とか死と訳されます。つまりトロイ戦争にまつわるたくさんの英雄の死を連想させます。
僕にとって、このBrisbaneというのはトロイ戦争でブリーセイスがこの戦争で体験した“死の悲しみ”なんですよね。
つまり、Briseis の Bane。 それで、Brisbane と言うのが僕流のBrisbaneという単語の起源です。

もちろん、このようなことはどの歴史書にも書いてありません。古代オリエント史にかぶれている歴史馬鹿の僕が考えたことですから。。。。


この記事は次のページをコピーして編集したものです。

http://www.geocities.jp/barclay705/crete/lapis2.html

上のリンクをクリックするとオリジナルのページを読むことができます。
きれいな写真がたくさん使ってあります。面白いリンクも貼ってありますよ。
ぜひ飛んでみてくださいね。


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